選挙雑感

今日は西尾市長選挙・市議会議員選挙の投票日です。 市長選は候補者2名(当選1名)、市議選は候補者40名(当選30名)

ぶっちゃけ、選挙結果そのものには、あんま興味ないのだけれど(一応選挙には行きましたよ)。コロナの緊急事態宣言中の選挙期間に思ったことなど・・・

1.さっさと電子投票できるようにしろよ

緊急事態宣言中なんだからさ、小学校の体育館とか公民館に人を集めて投票するシステムは、いい加減電子投票できるようにしましょうよ。 健常者はともかく、基礎疾患があったり、健康に不安がある人は、人が集まる「投票所」なんかへは行きたくないでしょうに。  

それに、自宅でできる電子投票って、究極のバリアフリーじゃないですか。高齢化日本には、メリットばかりだと思うんですけどね。

まあ、これは市町村では解決できない問題ではあります(公職選挙法)。国としても、マイナンバーやカードリーダーの普及に資するものであるし、頑張って欲しいです。

2.選挙カー

選挙カーによる選挙活動、あれ騒音規制で取り締まれないですかなあ。ウルサイし、お前の名前なんか聞いちゃいないよ と(僕は)思うのですが。

今回はコロナ下ということもあって、録音したテープを繰り返し流す候補、候補者の名前を歌に乗せて流す候補(個人的には、オウム真理教が選挙活動で流していた「しょーこー、しょーこー」というフレーズを思い出して印象悪いんだが)、あいも変わらず候補者が生の肉声で頑張ってる候補、いろいろなパターンがありました。

選挙カーには最低、運転手とウグイス嬢が乗ってるんですよね。そこで肉声で絶叫したら、それ「密」じゃないです? 選挙法とは別に、コロナ対策で取り締まれないもんだろうか・・・  てか、うるせーんだよ!

3.交差点立ち

交差点で候補者が朝立ちするやつ。 今回もよく見ましたね。

個人的には「当選したいからって、たかだか3週間ばかり立ってんじゃねえ、見え透いてんだよ! やる気を認めて欲しければ、雨が降ろうと槍が降ろうと、最低1年間毎日立て!」

としか思わないので、朝立ちと得票の間に因果関係がある なんてさっぱり思わないのですが。

でも、みんなやってるってことは、それなりの効果が見込めるんでしょうねえ。個人的には選挙の「不思議なお作法」の一つでございます※。

4.選挙看板(ポスター掲示)

政治家って、あんまり「いい顔」の人っていないですよね。ニュースで見る国会議員とか閣僚とか自民党の幹部とか、ひどい顔ばかり・・・そんな似たような顔が42人も雁首揃えてカラー顔写真を並べ、その看板があちこちに立つ・・・これ公害じゃないかなあ。

選挙活動なんて、「選挙公報」とあとは個人のHPとかブログだけでやってくれないですかね。 ま、選挙に伴うポスター印刷なんて、行政による印刷業救済の意味が強いのかもな・・・

5.選挙公報

配布された選挙公報、数ページの中に無理やり40人分の主張を押し込んでるから、字が小さくて読めないよう・・・(HPでみるとはっきり見えるんだけど)

ポスターとかでお金使うんだったら、選挙公報にお金をかけて、ちゃんと読める資料を作って配布してほしいな。 ま、文句でないところ見ると、みんなそんなもの読まないんだろうな・・・

6.地元地区から出る議員は誰だ?

知らんがな。狭い西尾の中で、地区なぞこだわってどうする と僕などは思うのだけど(個別の議員に期待なんてしてないし、特に頼むこともないす) 「オラが地区から何人出るか」とか「今回地元地区から○人出るから、△人は危ない」というようなことは、非常に大事なことらしいっす。

P.S 選挙の結果、30人中9人が新人議員さんという結果になりました。現職も5人落ちてますな。スギ薬局会長へのワクチン接種優先便宜供与未遂とか、コロナ下に最大会派の市議団が、コンパニオン付の宴会をやっちゃったとか、 西尾市絡みで立て続けにしょーもないニュースが出ましたから、人を変えなくちゃという意識が高かったのか?

にしても市長選の投票率は約66もあるのに「投票率は2011年の合併以降、過去最低」だそうで・・・市民の民度が高いのか、超田舎だからなのか、その判断はおまかせします・・・ (でかい争点がなければ、一般的に都会になればなるほど、投票率って下がるよね)

※「不思議なお作法」ということで思いついたのだけど、日本では「謝罪のため坊主頭になると、それなりに評価される」という不思議なお作法がありますね。 

僕が被害者だ側ったら、「お前がスタイルをどうしようと、俺が受けた被害の賠償には一ミリにもなってないじゃねーか、自己満足でやってんじゃねえ、このタコ!絶対許さん」と思うんだけど、世間にはそういうお作法で結構納得してくれる人たちが、一定数はいるようです・・・世の中を渡っていく上で、こういうお作法を知ってるってのは、とても大事だとは思うけれど、俺にはよーわからん。

話は変わるけど、この日本教の教祖一族の娘さんと結婚したいけど、世論の総スカンを食ってる小室某氏、それこそ坊主頭に剃って紋付袴でも着て「私の不始末で申し訳ありませんでした。借金はこれから働いて返していきます」とか言って涙の一つでも見せる「日本男児らしい」記者会見を開けば、案外世論は好転するんじゃないか・・・と僕なぞは思うのだけど。

まあ、「私は悪くございません」ということを微に入り細に入り主張する長文を出してしまう「お前欧米人か!」という対応をとってる時点で、無理な注文なんだろうけど。

「自然」を守ること、「里山」を守ること。

最近考えていることを文字起こしすると、少し難しいタイトルになってしまいました。

えっ、「自然」を守ることと「里山」を守ることって、同じ意味じゃないの? 里山保全※って大事なことだって言われているし、棚田の広がる風景とか、里山だか自然だか考えたことないけど、日本の残したい代表的な風景じゃない?

※一般には「里山」という言葉がよく使われるのですが、環境省のHPでは「里地里山」という単語で使っているので、以降はこの言葉を使うことにします。確かにこの言葉が指す範囲は、「山」だけじゃなく平地も含んでいますからね。

そうですねえ。例えば、この植物で考えてみましょう。

これは、「アザミ」という植物です。 里地里山にはえる雑草。風流に言えば山野草かな。 

見ての通り紫色の鮮やかな花をつけます。さらに蜜を好むのか、アゲハ蝶がよくこの花に止まっています。この写真にも写ってますね(モンキアゲハ?)。

美しい花の咲く野草、アゲハチョウが好む植物といえば、「保護すべき自然」の象徴ともいうべき存在ではないでしょうか? 散策している人の目を楽しませますし、写真を取る人にも人気です。 「できれば、刈らないで残しておいて」と言われることもあります。

しかーし。触ったことがある人は知っているでしょうが、この植物の葉や茎にはトゲがあり、触るととても痛いのです。その上、針が細く柔らかく、刺さるとなかなか抜きにくい、めんどーな植物なのです。僕はキラーイ。

さて、先ほど出てきた環境省のHPによりますと、里地里山とは以下のように定義されます。

原生的な自然と都市との中間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、それらと混在する農地、ため池、草原などで構成される地域です。農林業などに伴うさまざまな人間の働きかけを通じて環境が形成・維持されてきました。
 里地里山は、特有の生物の生息・生育環境として、また、食料や木材など自然資源の供給、良好な景観、文化の伝承の観点からも重要な地域です。

環境省 > 自然環境・生物多様性 > 里地里山の保全・活用

ここで注目したいのは「農林業などに伴うさまざまな人間の働きかけを通じて環境が形成・維持されてきた」という点。ってことはだ・・・

農林業に使う、もしくはそれに近接した土地(里地里山)にアザミが生えていたら、人間(お百姓さん)は、アザミを真っ先に刈り取ったんじゃないかと思うのです。トゲがあって農作業の邪魔だし、家畜も食べないだろうから。 つまり、里地里山の生活(今の言葉に直せば保全だ)で、アザミは「有害植物」に分類されたことでしょう。

 先ほど自然の例として思わず「棚田」を上げてしまいましたが、棚田だって土地を改変し、特定の植物(稲)を植え、それ以外の植物を排除し、水位を人工的に維持管理し、それらの作業に関わる場所の草刈りを行うなど「人間の営みにより維持されてきた二次的自然」である点、本来の自然とは違いますね。

もちろんだから価値がない ということではありません。それに適応した生物たちの貴重な生息域です。ただし上記の理由で、棚田の周辺には「アザミ」はあんまり残っていないと思います。 畦に咲いているときれいだろうな とは思うけれど。

「里地里山を保全する」ことに反対 という立場の人はほとんどいないと思います。でも、その保全を突き詰めて考えると、「人間の働きかけ(ここでは草刈り)」をどこまで認めるのか」という点において、人によって基準はいろいろ違ってきそうです。 

植物や昆虫が好きな人は「アザミは残すべきだ」と考えるでしょうし、維持作業員や快適な散策を楽しみたい人は「トゲのあるアザミは刈るべし」と考えるかもしれません。 もう少し範囲を広げると、「なんでアザミだけ大事にするの?私の好きなハルジオン※を残してくれない理由は?」とか議論が広がっていく可能性もありますね。それだと草刈りできねえ・・・ 

※この植物を選んだ理由は特にありません。なんでも良いんです。何を残して何を刈るか、いつ刈るか なんてのは、結局「人の都合」です・・・

たぶん「里山保全」とざっくりとした目標として意見をまとめることはできても、本当はもう少し目指すべき目標を明確に打ち出さないと、本当の意味での「保全」はできないと思います。しかし、この明確にするということ、実は非常に難しいのではないか とも感じられます。総論賛成各論反対、空中分解しそうな・・・。