バンデミックによるCO2削減量

日本では緊急事態宣言が解除され、外出自粛も解除されつつあります。諸外国も厳格な外出制限から、徐々に緩和されつつある状況。そりゃいつまでも外出制限を続けていたら、経済的に干上がってしまうもんね。

けど、これだけ人々が活動を自粛したことで、たぶん地球環境は好転・・・例えばCO2の排出量激減・・・なんかができたんじゃないかな? 具体的にどの程度できたのかな? って思っていました。そういう記事があったのでご紹介。

パンデミックの影響で「CO2排出量が17%減」という結果は、気候変動対策で人類が進むべき道も示している 

新型コロナウイルスの影響で世界中の都市がロックダウン(都市封鎖)したことで、4月初旬までのCO2排出量が1日当たり最大17パーセント減になったことが明らかになった。だが、実は最も減少した日でも2006年の水準であることから、パリ協定の目標達成に向けた道のりの険しさが見てとれる。それと同時にパンデミックによる行動様式の変化によって、わたしたちができることも浮き彫りになってきた。

wired

うーん、経済への悪影響も顧みず、世界中の都市をロックダウンしたっていうのに、CO2排出量は1日当たり最大でも17パーセント減になっただけなのか・・・※しかも、最も減少した日でも、2006年の水準に戻っただけだって・・・

実はパリ協定をうけて、日本を含めたいろんな主体が、「2050年までに温室効果ガス(二酸化炭素)の排出量の実質ゼロを目指す」って目標を掲げているんです。かっこいい!だけど、都市封鎖しても17%しか減ってないとなると、かなり無謀な目標だよね。

2050年脱炭素(二酸化炭素排出実質ゼロ)宣言

脱炭素社会の実現に向けて、2050年に温室効果ガス(二酸化炭素)の排出量の実質ゼロを目指す動きが全国自治体に広がっていること等を受け、本県においても、令和2年1月30日定例記者会見において、平井知事が2050年の二酸化炭素排出実質ゼロを目指す旨を表明しました。

 なお、本県の宣言は全国都道府県で13番目であり、中国地方の都道府県では初の宣言となります。

鳥取県

(鳥取県に恨みはないけど、ネット検索で上位に出っちゃったんで、ゴメンね)

先ほどのWIREDの記事の続きは以下の通り(僕が大事だと思った部分の抜粋です)

「いったいどうすれば排出量をゼロにできるというのでしょうか。排出量を17パーセント減らすためにこれほどのことが必要だとわかったのに」と、ルケレは問いかける。「強制的に自宅に閉じ込められるという不愉快なかたちでなんて、気候変動に取り組むわけにはいきませんよね」  

「気候変動はあまりに政治的な問題になっており、取り組みへの意識の差を示す境界線は、典型的な米国の部族的境界線と同じように見えていました」と、ガーニーは言う。「排出量の減少は、この境界をわたしたちが越えていけることを示しています。それがこの話の明るい側面です」

前掲

うーん。「人類が進むべき道も示している」と言う題名の記事の割に、結論を読んでも、排出量の実質ゼロ目標は無謀じゃね? という印象は変わらないのだが。

バンデミックを経験した後では、アメリカの財務長官が、環境活動家グレタ・トゥンベリさんに向けた批判の言葉が、考えさせられました。

世界経済フォーラム(WEF)第50回年次総会(ダボス会議)で注目を集める17歳の環境活動家グレタ・トゥンベリさんに、地球温暖化に関連付けて経済問題を論じる資格があるだろうかと、ムニューシン米財務長官は批判を一蹴した。 

グレタさんの活動で活発になった気候変動の経済学を巡る議論について、ムニューシン氏は23日にコメントを求められ、「彼女はチーフエコノミストなのか」と問いかけた。「大学に行って経済学を学んで、その後で私たちに説明できるようになるだろう」と話した。

Bloomberg

不幸なロックダウンにより、地球環境に与える負荷量は確実に減り、環境には良い方向に向いています。でも、そんな視点での報道は全くありません。あるのは失業率の悪化と景気悪化への不安報道ばかり。日本政府がコロナウイルス対応のため設置した「基本的対処方針等諮問委員会」でも、経済の専門家4人を加えてますし。

政府、コロナ諮問委に経済学者を追加へ 慶大教授ら4人 

新型コロナウイルス対応のため政府が設置した「基本的対処方針等諮問委員会」に、竹森俊平・慶大教授ら経済の専門家4人を加える方向で政府が調整していることがわかった。緊急事態宣言の一部解除を見据え、今後課題となる感染拡大防止と経済活動の両立について、見解を求めるのが目的だ。

朝日新聞

結局「人はパンのみにて生くるものに非ず。されどパンはめっちゃ重要!!!」ってことです。それを無視した環境活動ってのは、理想としてあり得ても、実現は不可能ってことではないかと。

もちろん、「排出権ゼロを目指す」という高い目標を掲げて、ようやくその何割かが達成できる程度なんだから、高い目標を掲げて戦うスタンスの人も必要です。けれど、現実論としては「もう少し現実的な削減目標に下方修正し、ある程度気候変動を受け入れ、浮いた資金をそのための対策に使う」という「カッコ悪い」目標設定をするのが、現実的な対応ではなかろうか? って実感しました。

※全然違う話題ですけど、ロックダウンしても排出量が20%弱しか減らないという結果を見て、人がまとまって生活すること=都市居住ーって、エネルギー消費の観点からは、すごく地球にやさしい生活スタイルなんじゃね? って思いました。

検証不可能な「日本モデル」

安倍首相「1カ月半でコロナ収束。日本モデルの力示した」

 安倍晋三首相は25日夕の記者会見で、新型コロナウイルスについて「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で流行をほぼ収束させることができた。日本モデルの力を示した」と述べた。そのうえで「すべての国民のご協力、ここまで根気よく辛抱してくださった皆さまに心より感謝申し上げます」と述べた。

SankeiBiz

ここで出てきた「日本モデル」って、一体何を指すんだろう? 緊急事態宣言発出時に、協力を得るすべての国民に配布するとした10万円給付は、まだ来ないうちに緊急事態宣言は解除されたし、アベノマスクもまだ来ないのだけど・・・(そこそこ優先度の高いはずの愛知県ですが)

海外からも批評はいろいろありますね。

日本の新型コロナ対策、WHO事務局長「成功」 海外メディア「独特」

WHO=世界保健機関のテドロス事務局長は、日本で緊急事態宣言が解除されたことについて「成功例を見ることができた」と評価しました。

海外メディアには、日本の対応が異色とも受け止められたようです。アメリカの有力紙「ウォールストリート・ジャーナル」は、日本の新型コロナ対策について、「ほかの先進国とは対照的に大規模な検査は行わず、代わりに集団感染の感染源を昔ながらの面談で特定していく方法が取られた」と紹介。また、日本の感染率や死亡率が低いのは「マスクが広く着用されていて、手洗いも習慣化するなど、衛生意識が高いことが主な理由かもしれない」とする政府高官のコメントを掲載しています。

「ワシントン・ポスト」は、「命令や罰則ではなく、要請や社会的圧力などでウイルスを抑え込む独特の方法で、一定の成功を収めた」としていて、日本の慣習や社会の仕組みをからめた分析が目立ちました。

TBSニュース

成功例とは言われるけど、その方針は異例だったとか、国民の意識が高かったのかも? とか、他国では応用できなそうなモデルです。

個人的には、「日本モデル」って、ワシントンポスト紙の指摘した 「政府が「がんばれ」としか言わなくても、自粛警察が機能し結果としてウイルスを抑え込めた」ってのが、その実態のように思います。 

命令や罰則に寄らない同調圧力による社会規制ついては、安上がりかもしれないですが、パッシングが「社会的に弱い者に集中する」危険性もあります。そのうえ、政府や自治体もそれをどこか期待していたのでは という指摘もありました。これは重いものですね。

暴走する正しさ 自粛警察に「政府や自治体もどこか期待」

自粛警察や相互監視といった同調圧力、感染者に対するバッシングや差別などを含めて、「コロナフォビア」と呼んだのは、社会学者で法政大学特任研究員の明戸隆浩(あけどたかひろ)さんだ。

 ヘイトスピーチやレイシズムに詳しい明戸さんは、恐怖心から出発して差別に至る構図が「まさにフォビア」と指摘する。

 フォビア(phobia)とは嫌悪、忌避を意味する。ホモフォビア(同性愛嫌悪)、イスラムフォビア(イスラム嫌悪)などと同様に、恐怖から始まってその人たちを遠ざけ差別し排除する言動が見られるからだ。

さらに明戸さんは、政府や地方自治体の側も、この自主的な相互監視システムをどこか期待している、と指摘する。

「休業要請中に営業したパチンコ店が公表されましたが、本来は店名の公表だけでは何の罰にもならないはず。市民間での批判、バッシングが起こって、それがプレッシャーになるという前提があるから、ペナルティーになるわけですよね」

 こうしたバッシングや他罰感情は全方位に向くのではなく、社会的に弱いものに対して向けられることを明戸さんは懸念する。ライブハウス、夜の街、パチンコ店などはその典型だった。

Yahooニュース

日本は先の大戦時に見られた「非国民」や「密告」が言葉を変えてそのまま生きているし、そもそも(冷静に分析すれば)勝ち目のなかったこの大戦、国民の熱狂的支持もあり、開戦を止められなかった面があることも忘れてはいけません。

来る第二波の時には、いくらか進歩がみられるといいのですが・・・

最新の行動経済学が解く日米開戦の謎
組閣時の東条首相が、陸相とともに内務大臣も兼任したのは、全国の警察を掌握して米国との非戦に決まった場合の混乱に備えたからだといいます。激高した世論が起こすであろう騒擾(そうじょう)状態を予想していました。 

「昭和天皇も、米国にむざむざ屈服すれば世論が沸騰しクーデターが起きる恐れを懸念していました。こうした中で、開戦を回避することは国力低下を確定させてしまうため選ばれず、静岡県立大の森山優教授の言葉を借りれば、将来どうなるか分からないにもかかわらず、ではなく、どうなるか分からないからこそ、指導者は開戦に合意できたのです」

 ――東条首相は退陣後も「開戦の可否に関しては今でも日本はあれより進む道がなかったと信じている」と主張していました。ただ個々の戦略は反省すべき点が多かったと述べていました。

――日米開戦に至る歴史から現在の我々が学べることは何でしょうか。 

「東北学院大の河西晃祐教授の言葉を借りれば、日本の国力を過信していたわけでも米国の国力を過小評価していたわけでもない指導者らによって戦争が選択されました。正しい情報と判断力があれば戦争が回避できるとは限りません。付け加えるならばそれがどんな知的エリートであっても、です」

日経Bizgate