日々の生活や仕事をしている中で、「生きづらさ」を感じたことはありませんか? 僕は常にそれを感じていて、50歳を目前にして今更かよ と言われそうですが、残念なきっかけもあり、現在調べてもらっています。
もともと、「自分には発達障害(ASD)の傾向がある」とは思っていました。これまでの診察でも、「傾向はありますね」といわれています。
その一環で臨床心理検査(WAIS-Ⅳ)を受けたのですが、結構その内容が衝撃的だったので、それを紹介しようかと。

全IQは114。パーセンタイル順位82なので、言い換えると「総合的にはクラス5番目くらいに頭がいい子」って感じ。自己評価もそんなもんです。
が、その成績は言語理解「クラス1位」、知覚推理が「クラス3位」なのに対し、ワーキングメモリーと処理速度は「20位」くらい。 自分でも差はあるやろな って思ってましたけど、こんなに差がついてんの? っていう感じ。
この子、総合得点で評価したらあかん子です。学校なら「できんところ努力してできるようにしなさい」と指導を受けるところ。ただし学校のテストと違い、この点数差は「努力では乗り越えられない壁」なんです。まあその壁が明確、かつ実生活に重大な支障を持っている場合を「発達障害」と言うんでしょう。僕の場合、壁は比較的明確だけど、「実生活に重大な支障」を持つほどではないから、まあグレーゾーンになるんだろうなと。 医師のいう「傾向はありますね」という発言もそれを指すものだと思っています。

このあたり、ちょっとネットで相場を調べてみると。
「得意なこと/苦手なこと」「できること/できないこと」「人より成長が早い部分/遅い部分」などの差が大きければ大きいほど、自分が思い通りに動かなくて、うまくいかないことが増えるし、周りの人にも理解してもらえないし、人との違いに思い悩んだり、人と比べて落ち込んだりしてしまうのです。
この発達の凸凹差は、専門の医療機関等で発達検査や知能検査などを行うと、数字としてハッキリわかります。例えば…
<ASDの診断とADHD、LD傾向があるうちの長男の検査結果>
彼が小1の時に受けた知能検査のWISC-Ⅳでは、凸部分と凹部分のIQ差が40近くありました(臨床心理士さん曰く「通常は15程度の差までに収まる」のだそう。*1)。
一般的に「IQが20以上開いた人同士だと話が合わなくなる」などと聞きますから、自分の中でのIQ差が40もあったら、自分自身が思い通りにならないのも想像できるでしょう。
僕も凹凸の差が40近い(35)ですし、おまけにもう発達もしない50近いオッサン(笑)。周りの人にも理解してもらえないし、人との違いに思い悩んだり、人と比べて落ち込んだりしてしまうのも、よく分かりますねえ。
重要なのは、ご自身の中での各指数の「相対的な強み・弱み」を見ることです。知能検査は単に絶対的な数値の高さを見るものではなく、自分の中でどの能力が突出しているか、どの能力が相対的に低いかを読み取ることが肝心なのです。
たとえばレポートの例で言語理解が120後半と高く、他の指標(知覚推理・WMI・処理速度)が100前後だった場合、この人は言語面で突出した力を持つ一方、他の面では平均的であることがわかります。一見すると「問題なさそう」に思えますが、周囲からは言語能力の高さに合わせたレベルを他の面でも期待されるため、ギャップによる生きづらさを感じる可能性があります。実際にこのような言語面のIQが高く動作面が低い(いわゆる「言語性凸・動作性凹」)タイプでは、「頭では分かっているのに作業が追いつかない」といった現象が生じやすく、自己評価や対人関係に悩みを抱えがちだと報告されています。
逆に、全体的にバランスよく100前後にスコアが並んでいる場合は、突出した強みこそないものの大きな凸凹がない分、日常で困難を感じにくい傾向があります。このようにレポート結果から自分の能力の凸凹プロフィールを掴むことで、「どんな状況で躓きやすく、何が助けになるのか」といった具体策を考える土台になります。
これって僕のことですよね?(笑) 今回の検査結果にも同様の分析記載がありました。 というか、高校2年の時に全校で受けさせられた心理テスト(クレペリン検査)でも、同じことが書かれてた(笑)
いわゆる、典型的な・・・ってやつでしょうね。 が、ここまで分析できたとしても、じゃあその対策カウンセリングで「こういう対策をしてみたら」・・・ 分かってても、それが問題の瞬間に実践できないから(僕の感覚だとその処理余裕がない)、生き辛いんですよねえ・・・。



