リニアトップ会談の背景

リニアトップ会談 「大井川は命の水」静岡知事譲らず 準備工事認識でも平行線 

リニア中央新幹線工事をめぐり、JR東海の金子慎社長と会談した静岡県の川勝平太知事は、トップから直談判されても月内の準備工事再開について首を縦に振らなかった。金子社長は災害対策や経済圏形成に向けたリニア開業の意義を強調。川勝知事は「流域市町の60万人が同じ思いを持っている」と大井川の水の重要性を改めて訴えるなど、互いの主張は平行線をたどり、静岡工区着工への道筋は見通せなかった。

川勝知事は「大井川の流量がいかに少ないか。なけなしのかけがえのない命の水だ」と、トンネル工事による大井川の流量減への不安を払拭できないと主張。「ヤード整備は本体工事の一環だ」として、かたくなに準備工事再開を認めなかった。

産経新聞ニュース

ああ、こりゃ当分話はまとまりませんな。

大井川という川は現状、水量が非常に少ないのです。

ただでさえ少ない河川水量の川に流入する地下水を減らす可能性のあるトンネル工事やらせて!と言われても、(ちなみに、トンネル工事での湧水量や、工事による地下水変動量は予測が難しく、最終的にはやってみないと分からん・・・という部分もあるのです)利水者の代表である県と流域自治体としては「工事で出た分は全量戻す」と言われても、なかなか「うん」とは言いづらいでしょう。

一方で、そもそも大井川の水量が少ないのは、人為的な理由が原因なのです。だから、JR東海側としては「自分たちはできる限りの手を打つつもりだけど、そもそも川に水が少ない原因を改めずして、新規開発する俺だけ責められてもなあ・・・」という部分もあるでしょう。

この辺りは大井川の水開発を巡る歴史的背景を知らないと、なぜこの問題が深刻なのか理解できません。 まあ、僕もさらっとしか知らないけど、ちょっと書いてみますね。 (正確な情報が知りたい方は、wiki大井川(大井川・再生への苦難)塩郷ダムを読んでください。多分、この問題について一番詳しく書かれていると思います。)

大井川の源流は、南アルプス深南部。そこは多雨地帯なので、大井川は本来豊かな水量を誇る川でした。 水量多く急流だったので当時の技術では架橋が難しかったこと、西国から江戸・駿府を守る役割を果たすため、明治以前の大井川には橋も渡し船もありませんでした。ゆえに東海道屈指の難所とされ、「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と詠われたほど。

が、明治以降その豊富な水量のため水力発電や農工業用水の利用が進み、大井川の水は「空っぽ」近くまで利用されることになりました。

大井川上流の田代発電ダムで発電に使われた水は、流域外の富士川水系へ放流(約5m3/s)されちゃうのを皮切りに、多数ある水力発電所間をトンネルで結び、河川を流すかに限らず水を発電資源として有効利用しまくります。発電後、川に戻された水もその直下でまた取水。そのまま用水として利用され川に戻されることがない箇所もあり、水の少ない河川になっちゃいました。特に塩郷堰堤下流20 km区間は全くの無水区間となってしまったのです。

うん、いくら高度成長期とはいえ、やりすぎですなあ。さすがにここまで高度利用される川は少ないです。     

参考:大井川の水利模式図がこちら。中央の縦棒が大井川です。矢印は河川外(トンネルとか水路)を水が流れているところ。

大井川水系 河川整備基本方針 流水の正常な機能を維持するため必要な流量に関する資料より

川に水が無いことでいろんな弊害が出ます。たまりかねた流域住民は「水返せ運動」を行い、背を押された自治体の粘り強い交渉の結果、中部電力の塩郷ダムから毎秒5トンの水が放流されるようになりました。東京電力の田代ダムも毎秒0.43トンの試験放流が実施されるように。また、この運動をきっかけとして「全国すべての電力会社管理ダムに対して河川維持放流が義務化」されるなど、大井川は水利用と水環境の対立と改善いう観点で、全国の先駆けとなる川なのです。

※電力会社を悪者のように書いていますが、彼らは「水利権」という水を使う権利を河川管理者に認められ、その権利が合法的に更新されていました。(当時は殖産興業が何よりも優先される時代であり、現在と価値判断基準が違う面はあるのだけれど、河川管理者も根拠なく権利を奪うことはできません)。彼らにとっては維持流量を流すこと=発電流量(金)が流れること。損益を出したと株主訴訟されたら・・・一方公的企業としては、地元住民との対立は企業イメージを考えると避けないといけない。その中でバランスを取る必要が出てきたのです。

流域住民による運動の盛り上がり、県や流域市町村と利水者(発電会社)との粘り強い交渉により、0.43m3/s(毎秒0.43トン)やら5.0m3/sの水を川に戻せた河川、流域外に5.0m3/sの水を放流しちゃってる河川・・・その流域に「トンネル掘削で毎秒2.0m3/sの水が減少するかも・・・工事で出た分は全量戻すけど。その条件で、工事やりたいんでやらせてください。」って言うと・・・

(この流域でその水量単位はすんなり許可するには大きすぎ。流域問題はあんただけが悪いんじゃないんだけど、とりあえず俺っちの身を傷つけることなく文句言えるのアンタしかいないから・・・)「うん。ダメ」ってのが現在 かと。

※JRも「リニアは国策」という大義があるため、当初は「国の手下の県や自治体はもちろん俺っちに協力するだろ!」という腹積もりで、最初から現在のような真摯な対応を取っていた ともいえなかった面もあったでしょうね。それで相手が不信を募らせた面もあるかもね。

まあ、工事をおこなう側(JR)としては、現実的で十分な対策を取っていると思うんだよ。けど、流域自治体としては、現状のまま工事続行では不安は尽きないでしょう。ただしその不安解消のためとはいえ、一営利企業で踏み込めない部分があると。

本筋論としては、能力以上に河川を苛めている現状があるから、「まあ妥当」と思われる工事の影響による水量減の恐れを許容できないわけですから、

まず能力以上に河川を苛めている現状を改め、河川水量を十分確保する。そして工事認可に進まないと円満解決はしない・・・はずです。けど、そこまで踏み込んだら、「大人の事情同士の血みどろの戦い(ネバーエンディングストーリー)」になること必至。さて、どうすんだろ?  

こういう案件の仲裁案策定と調整って、大変だよなあ・・・

参考記事 ネバーエンディングストーリー第一章(笑)。

リニアを阻む静岡県が知られたくない「田代ダム」の不都合な真実 (1/4)


JR東海が環境影響評価準備書に記した「毎秒2t」の水量について、川勝知事は県民62万人の「命の水」と喧伝(けんでん)する。その水量については、JR東海があくまでも「最大で毎秒2t減水と予測」した数値であり、それも「覆工コンクリート等がない条件」での話なのだ。大井川水系で、常時、毎秒2tの水が減るわけではない。
 それほど「毎秒2tの水」を大切にする一方で、静岡県が「黙して語らない」大量の水がある。先述の桜井県議は打ち明ける。
 「トンネル工事で最大で毎秒2tの水が県民の命にかかわるというのなら、なぜ、(大井川上流にある)東京電力の田代ダムで毎秒4.99tの水を、導水路トンネルで(大井川流域ではない)山梨県側の発電所に送り、富士川に放流させるのでしょうか。今では山梨県側に放流する水量は、交渉によって5月から8月の間だけは毎秒3.5tに減らすことになりましたが、それにしても、田代ダムから県外に放出してきた水の量は毎秒4.99tで、JR東海で問題にしている毎秒2tの2.5倍です。地元マスコミも、田代ダムの水については、知っているのに報じないのはおかしい」
最近では、静岡県島田市の染谷絹代市長が、田代ダムから山梨県側へ流出している水について、JR東海から東京電力に働きかけて大井川へ戻すべきという主張をした。だが、リニア中央新幹線の工事が行われる大井川の上流部は、静岡県が管理している。従って、河川に関する許認可権は静岡県にあるので、JR東海に東京電力と掛け合うように言うのは、筋違いの話だ。

ITmediaビジネス

参考記事です。

リニア「JR東海vs静岡」、わずかに和解の兆し?
県有識者会議で「JRに助言しては?」と提案も

東洋経済オンライン

投稿者:

モト

元河川技術者、現在は里山保全の仕事をしているおっさんです。西尾市在住の本好き歴史オタク。

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