歴史と地理から考える都市防災

防災を考えるのに、都市の歴史とか地理など、多角的な面からも考えるのはいいアイディアだと思っているのですが、そんな観点から、とてもよい記事がありましたので、紹介します。

「大いなる田舎」名古屋が語る防災の知恵

「お国自慢」を通して、これからの日本を考える

福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター教授

無理やり短くまとめてみると

  • 名古屋のシンボル「名古屋城」は、歴史に残る数々の大地震をくぐり抜けてきた
  • 名古屋城を含む名古屋市中心街(三の丸にある国県市官庁街も含む)が災害に強かったのは、それまで市街地であった清須(川岸で液状化の危険大)から、現在の位置(熱田台地)に町ごと大規模移転「清洲越し」をしたから。
  • 「清須越し」とは、1610年に徳川家康が息子の尾張徳川家初代藩主に、清須の城下を熱田台地の上に丸ごと引っ越すこと命じたもの。約100の寺社、67の町と共に、6万人が引っ越した。
  • 太平洋戦争で焦土と化した名古屋(名古屋城の天守閣もこのとき燃えちゃった)だったが、大規模な復興を猛烈なスピードで進めた。100m道路をはじめとする広幅員道路や、寺社・墓地移転により大規模な土地区画整理事業を進めた。移転した寺院数は300弱、墓地面積は約18万平方メートル。
  • 結果、南北の久屋通と東西の若宮通、2本の交差する100m道路に、南に続く新堀川を加えると、名古屋を十字に4分割する計画になっており、万一大規模な火災が起きても延焼が全市に拡大するのを防ぐ。整備された広い道路と公園は、災害時の避難地や復旧工事の拠点にも。
  • 近年、災害危険度の高い名古屋駅周辺に高層ビルが林立するようになったが、名古屋の老舗企業の本社の多くは熱田台地上に残っている。
  • 名古屋の周辺に集積する自動車産業も、多くは丘陵の原野を開発して大規模工場を建設しており、他地域の産業と比べて災害危険度は相対的に低い。
  • この状況は、入江を埋め立てた大手町から日比谷にビジネス街が広がり、臨海部の埋立地にタワーマンションが林立する東京の風景とは全く異なる。
  • 安全な場所に城を構え、その周辺に城下町が広がる。日本の地方都市の多くは、近代以降もこうした街の形を引き継いでいる。地元の老舗企業は城に近い旧市街地にある場合が大半だ。名古屋も規模は大きいが、そうした地方都市の一つといえる。
  • 最近、この田舎っぽさこそが大切なのではと感じ始めている。地方都市にいまも息づいている街の歴史には、様々な防災・減災の知恵も込めらてれおり、それは地域の特色にもなっている。全国各地で地元の良さを再認識し、それぞれの「お国自慢」を通して、これからの日本を考えてみてはどうだろうか。

名古屋を十字に4分割する計画だった とかは知らなかったですね。へぇ〜。

まあ手放しで褒められるほど、現在の名古屋がそこまで「すげえ」わけではないでしょうけど、江戸時代の規模だと、大規模移転しただけあって、防災上も強かっただろうし、その時の遺産が残っているのは間違いありません。

指摘されているように、近年では災害危険度の高い(地盤が弱い)名古屋駅周辺が急速に高層化し開発されまくっていました。本当に近年ですね。昔は繁華街である栄への通過点でしかなかったもの。防災上はそのほうが良かっただろうね。ま、なんと言っても交通の便がよいのは、災害のこと忘れれば、やっぱり魅力的ですから。

熱田台地は、北西端が名古屋城、南西端が熱田神宮なんですが、現在の名古屋市は、それを遥かに超える面積を持っています。名古屋市の弱点は、特に熱田神宮より南や西に広がる低地でしょう。熱田神宮より南は江戸時代まで海だったし、西は低湿地でした。大雨が降れば大惨事が起こります。2020年の「東海豪雨」では名古屋市の4割が浸水したし、その危険性は基本的には今も変わっていません。

名古屋の街、4割浸った 東海豪雨(平成と中部)
海抜ゼロメートル地帯が広がる濃尾平野は、深刻な水害にたびたび見舞われてきた。平成もそうだ。2000年9月の東海豪雨では新川の堤防が決壊し、名古屋市内の4割が浸水。多くの家屋や工場が泥水にまみれ、被害総額は7700億円を超えた。

日経新聞

この濃尾平野のゼロメートル地帯、名古屋市だけでなく愛知、岐阜、三重3県に跨るんですが、その面積は「日本最大」と非常に危険な地域でもあるのです。参考「東海ネーデルランド」(中部地方整備局)

「自動車産業が多くは丘陵の原野を開発して大規模工場を建設」というのは事実ですが、大規模ではない下位下請けまでくれば例外もあり、裾野の広い自動車産業全体の災害危険度は本当に低いと言えるかなぁ?とも。

でもでも、概略的に都市の成り立ちとか知っていれば、自宅や職場で、災害時にどんなことを準備しておくべきか ということが見えてきますし、なによりただ漠然と「防災考えなきゃ、うちは何を備蓄しとけば大丈夫なの?」っていうアプローチより、断然面白いですよね。

☆福和先生の話はとてもおもしろいしためになるので、本を買って一読しておくと良いと思います。一番のオススメは「次の震災について本当のことを話してみよう」です。

最善を願い、最悪の事態に備えよ

今日は3月11日。あの日から10年目になりますね・・・。

近年、大震災、原発事故、水害、そしてコロナウイルスの蔓延と災害が続き、危機管理対応の巧拙を問われることが多くなりました。 その危機管理の鉄則の一つとして、この言葉を聞いたこともあるのでは?

元は英語の諺(ことわざ)で、ローマの哲学者・政治家セネカの言葉と言われています。

Hope for the best and prepare for the worst.

まず、セネカって誰よ。

ルキウス・アンナエウス・セネカ(ラテン語: Lucius Annaeus Seneca、紀元前1年頃 – 65年 4月)は、ユリウス・クラウディウス朝時代(紀元前27年 – 紀元後68年)のローマ帝国の政治家、哲学者、詩人。

父親の大セネカ(マルクス・アンナエウス・セネカ)と区別するため小セネカ(Seneca minor)とも呼ばれる。第5代ローマ皇帝ネロの幼少期の家庭教師としても知られ、また治世初期にはブレーンとして支えた。ストア派哲学者としても著名で、多くの悲劇・著作を記し、ラテン文学の白銀期を代表する人物と位置付けられる。

ルキウス・アンナエウス・セネカ (Wikipedia)

悪逆で知られる、ローマ皇帝ネロの先生で、ストア学派の哲学者として有名な人ですね。岩波文庫でも数冊の哲学書が出てます。

ところで、主題の言葉は本当に「セネカの言葉」なんでしょうか? もし本当にセネカがこの通りの表現を使ったとすれば、ローマ帝国の言葉である「ラテン語」で表されます。ラテン語は諺(motto)の表現に適した言葉であり、ましてセネカは名文家なので、その場合、この表現はラテン語表記として現代に伝えられていると思うんです。

例えば、「より速く(Citius)、より高く(Altius)、より強く(Fortius)」というオリンピックのモットーが、ラテン語で簡潔に表されているように。まあこれは後世の作ですが。

実際には、セネカは何かの文章の中でこれに類した(長い)言葉を残しており、それが後世の誰かによって「英語の」諺としてうまくまとめられたのではないでしょうか?

と言うことで、少し調べてみたですよ。

確定はできなかったけど、たぶん、セネカが似たような表現の言葉を発していたのは事実で、それを後世の英国人がこの英語表現にまとめた と言うのが真実に近いんじゃないでしょうか。 

※日本にも似たような話があります。有名な「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉、寺田寅彦の言葉とされることが多いのですが、本人はそのような言葉を記してはいません。弟子の中谷宇吉郎が「「天災と国防」で全く同じことが、少しちがった表現で出ている。・・・これは、先生がペンを使わないで書かれた文字であるともいえる。」と書いていますが、そんな感じじゃないでしょうか。:「天災は忘れた頃来る」中谷宇吉郎随筆集より

閑話休題。セネカの「道徳書簡集」

①Justin Owingsの記事

以下の英文の最後に、それらしい言葉があります。英語なんで前段を含め 僕の下手な訳を載せましたが、肝心の前段部「…」がよくわからん。誰かお願い!

I’m not positive, but it seems to me that Seneca originated the idiom to “Hope for the best and prepare for the worst” (See the quoted bit below).

The Letters are a quick read at only around 230 pages. If you are interested in some ancient wisdom from a Roman philosopher, you would likely enjoy this book. Below are some passages I particularly enjoyed from the book.
・・・
“Well, I don’t know what’s going to happen; but I do know what’s capable of happening . . . I’m ready for everything.If I’m let off in any way,I’m pleased. . . . for just as I know that anything is capable of happening so also do I know that it’s not bound to happen. So I look for the best and am prepared for the opposite.”

Justin Owings Letters from a Stoic by Lucius Seneca

僕はあまり肯定的じゃないんだけど、セネカが“Hope for the best and prepare for the worst”という言葉を産み出したと言われていますね。(その引用は少し下を見てよ)

手紙(「道徳書簡集 (Letters from a Stoic)」と呼ばれる本)はほんの230ページくらいだから、簡単に読めるよ。ローマの哲学者からの古代の英知に興味があるなら、楽しめるでしょう。以下は僕が本で特に気に入った数節だよ。

いくつかの節は略

この先どうなるかは分からない。しかし、何が起こり得るかは知っている。そしてすべての準備ができている。「何らかの形で許されるなら、うれしいのだが。というのは、私は何かが起こり得るかを知っているのと同様、何も起こらないかもしれないことも知っているから。」だから私は最善のものを求め、反対(最悪)の準備をしている。

②中野孝次さんの本

「道徳書簡集」は茂手木元蔵さんの訳で出版されてたんですけど今は絶版。amazon古本だと15000円だそうです!西尾市立図書館にはありませんでした。代わりに、中野孝次さんの本「ローマの哲人セネカの言葉」「セネカ現代人への手紙」を借りてきて調べてみました。この本は、ドイツで出版されたセネカの「道徳書簡集※」から抜粋した文章を紹介してくれています。  探している言葉そのものは見つかりませんでしたが、似たような言葉はありました。

※中野さんは「道徳についてのルキリウスへの手紙」と訳しています。より正確な訳だとは思うけど、「道徳書簡集」と一緒なのか違うのか、素人にはいろいろ紛らわしいな

・それ故に、どんなことでもあらかじめ予期していなかったことかが我々に起こってはならないのだ。あらゆる可能性に対して我々は予知能力を働かせておかなければならない。どんなことが起こりやすいかでなく、およそ起こりうることは何でも考えておかねばならない。なぜなら、運命がひとたびその気になったとき、繁栄のまつ盛りからでも塵へと引きずりおろさなかったものがあるか?

・内戦も外戦も凌いできた帝国が、なんの衝突もないのに崩壊する。幸運を持ちこたえた国家のなんと僅かなことか。だからこそ人はあらゆることを考慮に入れ、起こりうるあらゆることに対して心を鍛えておかねばならないのだ。

<手紙91>ルグドーヌムの大火から 「セネカ 現代人への手紙」

この辺りの表現から、後半部の「最悪を想定し備えよ」という表現は感じられます。

次に、英語表現について

Hope for the best and prepare (or plan) for the worst

Meaning:Be optimistic but also be prepared for all possibilities.

Background:Around 46 BC, Cicero wrote to a friend saying, “you must hope for the best”; but the first known use of the full expression is in The Tragedie of Gorbuduc by Thomas Norton and Thomas Sackville (1561) which was performed by the Gentlemen of the Inner Temple before Queen Elizabeth I in 1562.

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紀元前46年頃、キケロは友人に「あなたは最高のものを望まなければならない」と書いた。しかし、完全な表現として最初に知られた用法は、1562年にエリザベス1世隣席のもと法曹院で演じられた、トーマス・ノートンとトーマス・サックビルによるゴーボダックの悲劇(1561)にある。

セネカが出てこず、キケロに前半部と似たような言葉があるよとな・・・。そこはまあさておき、英語表現の初出は1561の「ゴーボダックの悲劇」という戯曲じゃないかって。そこまでは追いきれないけれど・・・

まあ、こんな感じのようです。何か知ってる方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

ちなみに、”Hope for the best,prepare for the worst”をラテン語に翻訳すると”Sperare optima,Parare pessima”という感じになるようです。まあ上記の通り、そのようなLatin mottoは歴史上存在しないのだけれど、なんかそれっぽいですよね。

引用:Latin translation of “hope for the best, prepare for the worst”