髭切太刀と西尾御劔八幡宮

 ☆「御劔」が正しいのですが、めんどくさいので「御剣」と描きます。

現在、京都は北野天満宮で「鬼切丸 別名髭切」という太刀(重要文化財)の特別展示が行われています。

北野天満宮と大覚寺の歴史を繙く特別展の第3弾。源氏の重宝として伝来した兄弟刀《鬼切丸 別名髭切》と《薄緑 別名膝丸》の伝説(両刀は源氏の棟梁源頼朝とその弟義経により所持されていたと伝わります)と激動の近代における守り伝えられてきた歴史に関して繙きます。
両社寺同時開催となりますので合わせてお楽しみいただけましたら幸いです。
なおこの度の特別展は「第47回京の夏の旅」共催企画です。 開催日 令和4年7月9日(土)~9月12日(月)

北野天満宮×大覚寺 特別展 第3弾 両社寺の歴史と兄弟刀「永遠に継ぐ源氏の重宝」

僕自身は、刀剣そのものには興味ないのですが、歴史的事物としての髭切太刀には興味があります。この刀は、平安時代に源満仲という人が作らせ、以降源氏の嫡流に代々伝えられてきた刀です。

髭切(ひげきり)は源家重代の刀として伝えられる日本刀。軍記物語など説話に登場する。髭切に仮託される実在の日本刀としては、京都府京都市の北野天満宮所有の重要文化財『太刀銘安綱(鬼切)』(伯耆国安綱作)などがある。

wiki

鎌倉幕府を開いた源頼朝までは伝えられて来たようなのですが、その後の行方は諸説あります。 僕がネットで検索した中で、1番まとまっているのが、  名刀幻想辞典さんの記事です。興味あったらそちらを詳しく読んでください。   

蛇足ですが、平治の乱で源氏が平氏に破れ、一時この刀の所有が源氏(若い頃の頼朝)から平氏(平清盛)に変わったことがあります。  源氏重代の刀が平氏に渡るという、源氏凋落の象徴的シーンとして、過去の大河ドラマでも取り上げられましたね。(例えば、捕縛された若き日の頼朝が、清盛に髭切の太刀の行方を問われるなど)

ここまでが、その長い前置きなのですが、この髭切の太刀が西尾にあった  とする説があります。  西尾城本丸跡に、現在も御剣八幡宮という小さな神社があるのですが、そこに伝わったそうな。

”承久の乱で戦功をあげた足利義氏が三河国守護に任じられたとき、当地に西条(西尾)城を築城するにあたり、城内鎮護の神として本丸に移築され、源家相伝の髭切丸が奉納されたことから御剣八幡宮と称されるようになった。  歴代城主の崇敬が厚く・・・”

源家棟梁ノ御相伝ノ宝并(ならびに)髭切友切竜丸ノ刀等  西尾城ノ本丸篭置玉イ(とめおきたまい)」      今川記 「今川家譜」    

頼朝公三代にて御末のなかりし後  源氏棟梁嫡々に相伝の御宝物とも二位殿よりも此の義氏へ給わりける  今川記 「伝記上」

西尾市史より引用

二位殿というのは、尼将軍と呼ばれた北条政子(頼朝の正妻)です。

さて、源氏重代の宝刀である髭切が、足利義氏の手で西尾に奉納された可能性はあるんでしょうか?  

肯定的要素

①足利義氏は吉良氏の祖に当たる人です。足利氏は源氏の一族であり、なかでも義氏は源頼朝・北条政子の甥に当たる親しい存在。かつ承久の乱で幕府軍の主力である東海道方面軍を率いる五将の一人と、北条氏の信頼も厚い武将でした。

山川出版社の愛知県の歴史の記述によりますと、”足利氏は源氏嫡流が実朝で途絶えたのち、もっとも嫡流に近い家柄の一つ”とされています。源氏嫡流の実朝亡き後、征夷大将軍は京都から呼んだお飾り(四代目は九条頼経・一応源氏の遠縁に当たる)になりますから、その前に北条政子が、甥っ子に「この刀はお前が持ってな」と渡してくれた  可能性はあるかも。

②奉納された御剣八幡宮なのですけど、西尾城の本丸という要の位置に鎮座していること。  西尾城本丸は、櫓が4つと門が2つ、あとはこの神社しかなく、城の構成要素としてもっとも大切であるはずの天守閣と城主居館が二の丸にあるという変則的な造りです。つまり本丸は「神域」になっているのです。    武家である歴代城主が、いかにこの神社を重視していたか。それはやはり「御剣」のためだったのではないかと。

西尾城郭立体図(部分)        西尾城  西尾藩  より

今でも、神社の奥に櫓(復元)が位置しています。

否定的要素

①その後執権となる北条氏の基本政策は、北条氏以外の有力御家人(特に源氏一族)に権力を持たせないようにすることでした。歴史を見れば、有力御家人は軒並み粛清されていますよね。そんななか、源氏嫡流に近い足利氏に、源氏重代の宝剣を渡す(正当性を高める行為となる)かなあ?  もっとも、足利氏は北条氏と縁戚関係を結び、その子を跡継ぎにすることで、巧みに生き残った家ではありますが。

②髭切と伝わる、北野天満宮の太刀との関連性が見えません。  もっとも、北野天満宮の太刀も、銘が偽装?とかあって、髭切の太刀じゃない可能性も結構ありそうですねえ。本物の髭切丸なら、歴史的経緯からも国宝指定されても良さそうなものですし。

鬼切丸(おにきりまる)は、源家相伝の日本刀。鬼切安綱(おにきりやすつな)とも。所蔵する北野天満宮では、2017年頃より鬼切丸 別名 髭切としている。
・・・鬼切安綱の銘は、本来は安綱銘であるが国綱銘へと改竄されているとされていたが、現在は安綱銘も安綱以外が入れた後の追刻ではないかと考えられている。

鬼切丸

③西尾城にいた武士は、武士だけに名刀には目がないと思うんだけど、その記録って残っていない?  これは僕の不勉強なんですけど、武士だったら名刀ばひと目見たいし、見たら記録しそうな気がするんですけど・・・

④なにより、肝心の髭切が、現状御剣八幡宮には存在しない  と思われること。神社にあれば鑑定すればいいんだもの  

現状、神社に刀があるかないか、公式記録はありません(一般客がもっとも知りたいことだと思うんだけど)。でも解説文に「本殿・拝殿・渡殿と石灯籠・陶製狛犬は西尾市の指定文化財」と書かれ、刀剣に言及されていないことから多分確実でしょう。先の幻想辞典では明治期に盗まれたと書かれています。

髭切の方は明治24年(1891年)~25年頃までは確かにあり古備前刀のようであったと言うが、その後盗難に遭い、大正には剣八幡宮から失われていた。

僕も昔、何かの本で「盗まれた」と読んだように思うのですが・・・出典は探し出せていません・・・。

いずれにせよ、神社に刀がありませんので、真相はわからないですね。それでも、状況から考えて、 髭切かどうかは別として、それなりの名刀がこの神社に伝わっていたと考えてもいいようには思うのですが、さて・・・

☆小学生の頃、劔の式剣道大会ってのがあって、たしかこの八幡宮の前で屋外試合やってたようにと思うんだけど、「実はここに剣はないのです」とか言われたら、少し凹んでただろうなぁ・・・  

明治用水頭首工の漏水

矢作川から農業用水・工業用水を取水している、明治用水の頭首工で大規模な漏水が発生し、取水ができなくなる事態が発生しています。 明治用水の受益地は、西三河南部(安城市、豊田市、岡崎市、西尾市、碧南市、高浜市、刈谷市、知立市)で、流路400km長、灌漑面積約7000ヘクタールと広大です。

よりによって、今は田植え時期で、水田は一番水が必要な時期なのです。まあ、「事故は最悪のタイミングで起こる」という感じの、マーフィの法則通りか・・・

にしても、地元にずっと住んでいて、明治用水は「農業用水だけ」 と勝手に信じ込んでいたので、トヨタ系の工場であれほど使われていたとは、報道されて初めて知りました。まあ、時代の流れを考えると、当たり前の事象ではあったのですが。

☆今の施設は、1958年に完成し、1975年から工業用水としても使われていたようです。

何が原因で漏水が起こったのか、どう対応するのか 今朝の地元紙(中日新聞)をもとに少し考えてみたいと思います。

①「頭首工」って何よ? ダムとは違うの?

答え。同じです。 同じ口径の機銃を、陸軍が「機関砲」、海軍が「機関銃」と読んでたくらいの違い。専門家的には使い分けるのだろうけど、一般にはどっちでもいいレベル。

頭首工とは、河川から農業用水を取水する目的で設置する施設の総称

農業水利施設の機能保全の手引 頭首工 農林水産省

ダムとは、 河川の流水を貯留又は取水するため設置された高さ十五メートル以上の構造物

河川法 国土交通省

②なんで漏水したの?

今朝(5月19日付中日新聞1面の解説によれば、明治用水頭首工は、フローティングタイプの取水施設だそうです。

取水堰の形式には岩盤の上に直接築造するフィックスドタイプと浸透性地盤の上に築造するフローティングタイプがある。

農業水利施設の機能保全の手引 頭首工

透水性地盤・・・ぶっちゃけ土砂の上に建造されているので、今回みたいな漏水が起きやすいことは当然想定されています。そこで、漏水が起きないよう、川の底面と側面を、コンクリートでガチガチに固め、水が浸透(漏水)。しないようにします。

なのに漏水?

もうちょっと考えてみましょう。まず、取水堰の一般的な配置は、下の図のような形状になります。

農業水利施設の機能保全の手引 頭首工

これは、頭首工付近を真上から描いた図になります。川の流れは、図の上から下へ。 中央に「固定堰」とあるのが、頭首工の本体です。 その上下流の川底には、「エプロン」と呼ばれるコンクリート製の覆いが設置され、川の側面にはやはり「護岸」と呼ばれるコンクリート製の覆いが設置されます。

一般的に言って、この護岸(側面)とエプロン(底面)の接合部は、漏水の危険箇所になりやすい場所です。隅っこだから正直施工もしにくいです。弱点であることはわかっているから、止水効果を高めるため、護岸の基礎は深めに入っていたり、さらに止水矢板を挿入しているとは思いますけど。

そのうえで、明治用水頭首工について、新聞に掲載された漏水箇所の写真を見てみると・・・

中日新聞

漏水の穴は、随分岸に近い場所です。穴はエプロンと河床の境目もしくは先に述べた護岸とエプロンの境目にできたと考えるのが妥当ではないかと思います。

後者の場合、正確には左岸側には魚道が設置されているようなので、このコンクリート魚道の壁(の基礎)とエプロンの接合部あたりの施工が甘く、穴ができてしまったのかも。魚道(河川環境に配慮した施設)は、1956年当時に設置しておらず、後付かもしれませんね。その場合、特に弱部になりやすいでしょう。

このあたりが、一番有り得そうな可能性だと思います。

③原因究明と復旧の見通しは

新聞記事によれば、 「今回穴が空いたと見られる場所の近くでは、昨年12月にも小規模な漏水が発生。砕石を投入するなどして漏水は一割ほどに減ったが、完全には防ぎ切れなかったという。漏水のメカニズムなど詳しい原因はわからないままだった」そうです。

そして、今回の事象は5月15日に漏水を確認、16日には砕石を投入し穴を塞ごうとしたが漏水は続き、17日に規模が大きくなり・・・ ということだったそう。

記事は、「対応が甘さが問われそう」と書かれており、それはそのとおりなんだけど、もし自分が当事者だったとして、そのタイミングで何ができたか と考え込まずにはいられませんでした。たぶん、僕もそれ以上の対応はできなかったのではないかと。

応急処置として砕石を投入し(根本的な処置ではないけれど)、漏水の九割は止められたのであれば、まあ上出来。あとは経過観察しかないかなあと思ってしまいました。

根本的な対策としては、水を反対側に回し(仕切りの仮設締切構築が必要だろうね)、穴周辺の水を切り、現地を直に見ないと、原因究明も本格的な対策工事もできないでしょう。

でも、工業用水として常時使われている状況では、事前にその対応が取れたかどうか。非常に厳しい判断になります。

工業用水に常時使われており、完全に水を止めて確認したり工事をしたりすることができない状態だった」

中日新聞 頭首工を管理する東海農政局の局長 談

これからの対応は、これをやるしかないでしょうね。 ポンプを多数設置して、ある程度の量の水供給を続ける一方、現場の穴付近は水を抜いてドライな状況にする。そのうえで原因究明と穴を塞ぐ工法の立案と実施、再度水をためてみて、結果良好なら本格的水供給の復旧 という流れでしょう。 かなり時間がかかるでしょう。 何台ポンプを設置したとしても、頭首工の取水能力までは、なかなか追いつかないでしょうし。

④他事例への波及

先の機能保全の手引によれば、エプロンや護岸をどう監視・維持管理していくか の記載も書かれており、言われていることはそのとおりなのですが・・・

エプロン
性能低下はコンクリートのひび割れや摩耗などコンリート自体の劣化と、洗掘やパイピングによる不同沈下など構造物の外形的な状態に着目する。・・・。空洞化が進行した場合、大規模な対策工事が必要となるので、できるだけ早期に空洞化の発生を把握する必要がある。
護岸・取付擁壁
取付部の護岸や高水敷保護工は背面土砂や基礎土砂の吸出しによる変形やひび割れ変状が生じやすい。水中部の洗掘が著しい場合は、土砂の吸出しの危険性が高いため、水中部の洗掘状況を把握しておくことが望ましい。

農業水利施設の機能保全の手引 頭首工

純粋な農業用水取水施設なら、農閑期に水を抜いて、これらの点検を行うことは可能でしょう。

しかし、常時水を使う工業用水を併用する施設では、おいそれと水を抜くことができませんから、「早期に空洞化の発生を把握」とか「水中部の洗掘状況を把握」ってどうやるんだよ? って現場の声が聞こえてきそうです。

今回の漏水事象の原因が、施設の老朽化が一因か まではわかっていませんけど、その可能性は否定はできません。その場合、高度成長期に整備されたその他多くの類似施設においても、同様の事象が発生することは避けられないわけです。 現実問題としてどうやって施設の状態を把握していくか・・・マニュアルで対応できない場合も多々あるはず・・・広範囲に影響のある問題だと思います。

追記

2022年5月19日 12時07分

大規模な漏水で水をくみ上げることができなくなっている愛知県豊田市にある取水施設ではポンプの設置が進められ、愛知県などによりますと、工業用水は19日午前10時から取水が可能になった一方で、農業用水の確保は19日中は難しいということです。

愛知 大規模漏水の取水施設 ポンプ設置で工業用水は取水可能に

先程入ってきたニュースだけど、この対応は「非常にまずい」気がします。トヨタなど、大企業への水供給は経済にとって非常に大事なことだけど、 あくまで農業用水施設で、そこに後のりで工業用水事業がのっているわけです。 それを「工業用水は先に復旧、農業用水はまだ無理」っていう優先度では、農家側の反発は避けられません。

水の恨みは恐ろしい・・・というか、水利権の分配は多分に「経済合理性」だけで測ると取り返しのつかない自体になりかねません。東海農政局はもちろん、そのあたりは十分理解しているでしょうから、どこかから天の声が降ってきたのか・・・苦渋の決断だっとは思うのですが。