天高く馬肥ゆる秋

この時期の清んだ青空天気を見ると、ついそんな言葉が思い浮かびます。

が、なぜ肥えるのが「馬」なんでしょう?

歴史的に見て、日本で馬はそれほどなじみのある家畜ではありません。もちろん「騎馬武者」という言葉はありますが、馬は身分の高い武士が乗る高級車です。そもそも江戸時代の武士階級は人口の10%程度しかおりません。

農民が農耕に使うなら「牛」ですし、食用なら「鶏」「鴨」「鹿」「兎」のほうがなじみがあるんじゃないですかねえ?

「馬肥ゆる秋」について

この言葉の語源は中国北部にあったようです。

匈奴至秋、馬肥弓勁    漢書匈奴伝より

匈奴は秋になると、馬が肥え弓をぴんと張り詰める って感じの訳でしょうか。

少し解説。 漢書ってのは、中国の「漢王朝(前漢)」の歴史を記した書です。その匈奴について書かれた部分ってことね。 「魏志・倭人伝」みたいなもんす。

匈奴(キョウド)ってのは、漢民族の住む中原の北方草原にいた遊牧騎馬民族です。農耕民族である漢民族にとって、秋は農作物が取れる大事な時期。そのタイミングに匈奴が強制交易というかぶっちゃけ略奪にやってくるのでございます。

もちろん漢民族としては抵抗したいのだけれど、匈奴はめちゃくちゃ強くてかなう相手じゃなかったんです。なにせ漢帝国の初代皇帝(高祖)劉邦が匈奴討伐に行ってあっさり負けちゃうくらい。んで、匈奴の王様の愛姫に賄賂を送って口添えしてもらいなんとか逃げたっていう力関係。もうなんともならんす。

一応劉邦は、中国国内においては、宿敵項羽と争い、国を統一した英雄なんですが(項羽と劉邦)。

そのこわーい匈奴達の馬が肥え、弓をぴんと張り詰める秋 って、実は恐ろしい警告だったわけですな。 「避難指示!ただしどこへ逃げたら安全か分かんね」と。

「天高く」について

明確には分からなかったのですが・・・

劉邦が匈奴と戦ったのが平城っていう所で、今の山西省大同市。位置的には北京の西で、ほぼ同緯度です。 んで、どうも北京の秋の空はやっぱりすごく高いらしい。

中国国際放送局 日本人スタッフのつぶやき100 「北京の空」
4年前の秋、ふとベランダに出るととても美しい夕日の光景に出会い、すぐさまカメラを取りに行ってシャッターを押したのがこの写真です。この時、北京の秋の空はなんて高いのだろうと感動したのを覚えています。

んで、「天高く馬肥ゆる秋」が生まれた。

その後漢帝国は徐々に力を蓄え、七代皇帝武帝の時代、ようやく匈奴に貢物を送る属国扱いの地位を脱することができました。それ以降、「空は澄み渡って晴れ、馬が食欲を増し、肥えてたくましくなる秋」みたいな好ましい意味に転じたんじゃないかな。んで、それがどんぶらこ と日本に伝来した と。

日本の気候もちょうど秋に高温多湿の太平洋高気圧から、低温低湿の大陸高気圧の支配を受けるよう変わるころですから、「天高く」も当てはまったのでしょう。たぶん。

何はともあれ、肥ゆる秋 でございます。

でっかい栗を貰いました。これの皮を剥いて(これが大変である)

栗ごはーん。たまらんですなあ。何せコメ代だけで腹いっぱいになります。豚肥ゆる秋でもあります。