熱中症対策、紫蘇ジュース

梅雨が明けてから、毎日毎日猛暑で、暑いですねホントに。昨年のように40度スレスレってことはないんですが、でも日中お外で働いているのでかなり辛い。

そこで、今日の休みを利用して、「作業中に飲む特飲料」、シソジュースを作ることにしました。

おひとつどーぞ(試飲)

材料(原液およそ2L分)

シソジュースの材料
  • 赤紫蘇300g
  • 水2L
  • 砂糖500g
  • クエン酸25g

まずは日中の暑い畑に行って、赤紫蘇を取ってきます。300gってけっこうありますね・・・ちなみに、紫蘇は毎年勝手にはえてきてくれるので、そいつを移植してこの時期まで待ちます。勝手に大きくなるし、害虫もつかないお利口さん。

茎から葉だけをむしり取ります。茎も煮ていいのかもしれませんが、茎が付いたままだと鍋に入りきらん。 葉に泥が付いているので、良く洗います。

クエン酸は、近くの薬局で買ってきます。25gで400円くらい。

砂糖500g 写真で見るにすごい量ですが、このくらい入れて完成時にやや酸っぱさを感じるくらい。これでもできるだけ減らしてるんですよ。てか、保存食品には砂糖か塩がこのくらい入るもんです。これ本当に健康食品なのかな って疑問に思っちゃいますけど(笑)。

作り方

  • 水を沸騰させます。
  • 葉っぱを入れて、中火で15分ほど煮出します。熱が加わらないと赤い色が出ません。
  • 葉っぱを濾し、赤汁を弱火にかけ、砂糖を入れて溶かします。
  • クエン酸を投入して完成
  • 飲むときは3〜4倍に薄めてどーぞ。

クエン酸を入れて混ぜると、色が変わります。

(左)赤紫蘇煮汁(右)クエン酸投入後   葉っぱ少し浮いてる・・・

岡本要八郎

誰だ?それ。 実は僕もつい最近まで知らない人でした。でも最近、この人の足跡?に二度当たったので、なんか縁のある人やな〜ってことでご紹介。

足跡①

僕は5月に台湾旅行に行きました。んで、台湾の北投温泉に行ったんです。「観光地としての台湾の魅力」その時の記事にこう書きました。

北投温泉で宿泊。余談ですが、北投温泉は、戦前に日本人が温泉街として整備したみたいです。「北投石」の産地でもあります。

この 「北投石」 を発見したのが、岡本要八郎さんなんです。その時の記事ではメインの話題じゃなかったので言及してませんでしたが。北投石についてはこれを読んでね。まあ、珍しい鉱物です。

北投石(ほくとうせき、英語: hokutolite)は北投温泉で発見された鉱物で、学術的には独立種とはいえず「含鉛重晶石」と呼ばれ重晶石の亜種として扱われる。世界でも台湾台北市北投区の北投温泉と日本秋田県の玉川温泉からしか産出しない。

1905年(明治38年)に地質学者岡本要八郎が台北州七星郡北投街の瀧乃湯で入浴した帰りに付近の川で発見した。

北投石(wiki)

足跡②

最近、西尾市に県指定「青鳥山自然環境保全地域」ってのがあることを知ったので、現地へ行ってきたのです。なんでこんなところに、自然環境保全地域があるんだろう?って。

珍しい生物がいるってわけではなく、地質的に珍しいからだそうです。その割にゴルフ場開発されちゃってるけど。 はんれい岩の間に、両家閃緑岩類が貫入してて珍しいそうな。 ま、石はさっぱりわかりませんが、愛知県のパンフレットによると、八幡神社の塀の石垣で観察できるそうです・・・へーえ・・・

これかな?
これかな?

と、とりあえず石の話は置いといて、そのパンフレットにこんな一文が。

保全地域の現状は、必ずしも地質の観察に適した状況とは言えませんが、かつて小学生の頃にここで鉱物を採取して感動し、やがて地質学者となった西尾市出身の岡本要八郎博士のような方もみえ、歴史的にも学術的にも由緒ある地域として、自然環境保全地域に指定され保護されています。

はい、岡本要八郎さん再び出て来ました。しかも「西尾市出身」って書かれてますよ。がぜん親密感が増した! でも、wikiだと「愛知県中島郡(現・一宮市)出身の地質学者」って書いてありますね・・・

調べてみると西尾市と関りがあるのはマチガイないのですが・・・?

「岡本要八郎先生は愛知県西尾の御出身で、郷里で小学教員をつとめておられるころ、近くの青島山というところで緑柱石を拾い、それが機縁で鉱物に興味をもたれたという。明治32年台湾に渡られ、教鞭をとられる傍ら、台湾産の鉱物を調査され、台北近くの北投温泉から北投石を発見された。

櫻井欽一「我が師を語る」(12)岡本要八郎

ネットで調べた限り、正確かはわからんけどこれが一番詳しそう・・・台湾版wiki?

岡本要八郎(1876年1月13日-1960年),日本愛知縣中島郡(日語:中島郡_(愛知県))(今一宮市)出身之教育家、礦物學家,以在臺灣採集礦物而聞名,為北投石、大屯硫之發現者,在新北投善光寺有紀念其之「岡本翁頌德碑」。

岡本氏為日治時期第一任台北市尹武藤針五郎之弟,後過繼給三河國士族岡本多丸翁作為養子,因其為第八男性子嗣故以「要八郎」為名。小學就讀於西尾高等小學,中學就讀三重縣尋常中學。岡本氏自中學畢業後便於西尾尋常小學任教,後因武藤針五郎來臺之影響,故響應台灣總督府招募・・・

岡本氏於13歲時便受西尾小學飯田校長之影響對礦物有興趣,並於明治31年(1898年)21歲時發表《愛知縣幡豆郡礦物誌》。來臺後則於明治33年(1900年)角板山旅行後開始從事台灣礦物研究,發表許多礦物圖鑑及文章,成為台灣礦物採集先驅及稀有元素礦物、放射性礦物權威。・・・

wikiwand 岡本要八郎

櫻井さんの話と総合すると、一宮市で生まれ西尾の岡本さんのところに養子に入った。高等小学校時代もしくは小学校教員時に校長の影響を受け、青島山で見つけた鉱石をきっかけに岩石に興味を持った。西尾高等小学校を卒業し、三重の中学校を出て、西尾尋常小学校の教師になってのち、台湾に渡った。 台湾に渡ってからも鉱物の研究をし、多数の研究を発表した、放射性鉱物の権威!

生まれはよくわかりませんけど、西尾に縁ある人なのはマチガイないすね。西尾の妙満寺にお墓もあります。(確認してきました)

おそらく岡本家の現役の墓地なので、墓石そのものは撮影していません。けど墓碑には(分家)岡本要八郎 って書かれていますし、石灯籠は各石材に読めただけでも「台湾」「朝鮮」「福岡」「幡豆」(産)と彫ってあります。こんな酔狂な石灯籠、鉱物学者のものでマチガイないでしょう。

福岡とあるのは、九州大学に勤めて暮らしてた関係ですかね。台湾wikiを見るに、どうも岡本さんの専門は日本語(国語)教師で、鉱物学は独学だったようです。ですが台湾総督府殖産局やら殖産博物館で技手兼任ってことで、相当の実務経験と学識を積んでたのでしょう。で、大学教師に抜擢!

岡本氏於昭和14年(1939年)起九州帝國大學擔任理工學部之礦物學講師,並於昭和29年(1954年)受到日本礦物學會之推薦成為兩名榮譽會員之一。昭和33年(1958年)年以「日本産礦物之形態學研究」論文獲得九州大學理學博士學位,時年83歲。

wikiwand 岡本要八郎

最終学歴が「中学校卒」(当時は中学卒で十分高学歴ですけど)にも関わらず九州帝国大学の鉱物学講師なんて、どれだけ学者として優れていたか。残念ながらほとんど無名なんですが・・・てか83歳で博士号取得って、バケモンだな