新世界での現役世代の合理的生き方について

以前、「生活道路の法定速度が引き下げられる時代~新世界へ~」という記事を書きました。 生活道路の法定速度がこのタイミングで引き下げられたのは、現役世代と高齢者世代の長い相克の歴史のなかで、後者が勝るようになった象徴的な出来事であること。そしてこれからは万事その傾向で物事が決まっていくのではないかと書きました。

じゃあ、民主主義下で少数派となった現役世代は、どのような道を選ぶのか、その解答例となる記事がありましたので紹介します。

「独身・実家ぐらし・ゆるくFIRE」が最強の人生設計…「出世しなくていい」若者からやる気を奪った日本の末路 御田寺圭

御田寺さんの文章は非常に鋭く、著書の「ただしさに殺されないために」も蔵書として持っていますが、この文章も非常に鋭く興味深いです。なのでぜひ全文読んでほしいのですが、念のため、AIに要約させたものを貼っておきます。

記事の要約

1. 若者の「高い満足度」と現実の乖離  意識調査において現在の若者の生活満足度や幸福度は高い値を示しているが、実質賃金の伸び悩みや税・社会保険料の負担増、住宅価格の高騰など、現実の社会経済状況は厳しい。このねじれは「貧しさを知らない」からではなく、過酷な現状に直面した若者たちが自身の欲望や価値観を縮小させる「防衛的認知」を働かせているためである。

2. 社会からの「退出」という生存戦略  若者たちは「社会に働きかけて制度を変える(声を上げる)」ことを諦め、「負担や関与を最小限にして逃げ切る(退出する)」道を選んでいる。高齢化率が高く高齢者向け給付が優先される高齢者優遇の政治構造において、現役世代への投資が後回しにされている現状を冷めた目で見抜き、社会を支えるために無理をして働くことをやめた。

3. 「独身・実家暮らし・ゆるくFIRE」の合理性とインパクト  出世や残業、マイホーム購入、結婚・子育てといったコストやリスクの大きい選択を切り捨て、実家に住みながら最低限の労働と投資運用で暮らす「ゆるくFIRE」は、税・社会保険料などの負担を最小限に抑える個人の最適戦略(システムハック)となっている。 しかし、大勢の若者が労働力・税金・消費・次世代の再生産(出産)を社会に差し出さなくなることで、若者の労働と負担を前提としていた社会保障システムや高福祉社会そのものの維持が困難になるという深刻な末路を暗示している

いかがでしょうか、僕が提示した「現役世代と高齢者世代の長い相克の歴史のなかで、後者が勝るようになった時代」に対する現役世代の見事な切り返し視点を提示してますよね。

先日発表されたこの調査結果も、記事の視点に立つなら「当然の結果」に思えます。

未婚の若年層の35%が結婚するつもりはないと考えていることが31日、こども家庭庁が実施した初の大規模調査で分かった。結婚のハードルとして、収入面や環境の変化に対する不安を挙げる人が多かった。

「結婚するつもりない」35% 収入や環境変化に不安、若者調査

そして、そもそも「収入面や環境の変化に対する不安から結婚しない」という因果関係に結び付ける時点で、分析が間違っていることも分かるでしょう。これを見越したのか、御田寺さんの記事にこんな一文があり、その冷徹、鋭いことこのうえなし。

僕も記事の視点に全面的に賛成です。ただ一点補足というか修正すべきじゃね?と思うことがあります。御田寺さんはこの合理的な行動パターンを「若者たち」に限定していますが、僕は「中年を含む現役世代全体」が潜在的に理想(あこがれ)としているパターンではないかと考えます。つまり事態はより深刻でしょうと。

もちろん中年層は多くの場合、結婚して家族を持ち、家のローンも抱えているでしょうから、若者のように忠実にそれを実行する人は少ないでしょう。けどこの世代は上の世代より合理的に物事を考えますので、この行動パターンが現在の状況下で最も合理的 と賛同する人も多いかと(僕も!)。そもそも巷には「中間管理職辛い辞めたい、FIREしたい」発言があふれてます(笑)。それに就職氷河期世代は選択の結果ではないけど「独身・実家暮らし」の二条件が揃っている人も多いことでしょう。多くを望まなければ、あと一つの条件を成り立たせるのは不可能ではありません。

現に僕(50歳氷河期世代)も、ここで書かれた「独身・実家暮らし・ゆるくFIRE」に限りなく近い暮らしを既に選択し営んでいます。一応フルに働いてはいますが、非正規で責任は軽く、残業ゼロという点で、社会が期待するガチ仕事についてません。もうつけません。それでも一刻も早くフルFIREしてぇ。重症です。

 *御田寺さんの文章は鋭すぎるっす と感じた方は 河田皓史「働く人が減っていく国でこれから起きること」 (朝日新書)をお勧めします。同じような内容ですが、エリートエコノミストが書いているので筆致がマイルドで常識的かと(だから経営者層ー高齢者受けが良い?)。その分を僕は冗長と捉えましたが、巷では話題になってます。

二人の組織トップの決意 

8月26日、本人にとっては不本意な批判にさらされた二人の日本人(ともに70代)の組織トップがコメントを出しました。 まあ一人は「元トップ」だけど。

批判の中身の正当性も、興味もないけど(一方は辞任で事実究明をうやむやに終わらせることが見えてるから)、 二人のコメントは対比的で、しかも同日ニュースで印象的だったから、ここに残しておこうかと。

 トランプ米政権が制裁対象に追加した国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長が26日、オンラインで記者会見した。赤根氏は「ICCは決して負けない。正義は常にこれと対極にあるものに優越しなければならない」と述べ、米国の圧力に屈しない決意を示した。

米国が制裁対象追加のICC・赤根智子所長「決して負けない」「法の支配の危機」…オンラインで記者会見

(辞職の理由は)「来年春の統一地方選挙への影響を考慮して」

 NHKラジオニュース (NHKジャーナル 8月26日 22時~)

こういう言葉を使ってはいけないけれど、「彼女は雄々しく、彼は女々しかった」という印象です。しかし国内ニュースを顧みるに、、「彼」がトップを務める日本の組織って多いですよね。 それを受け一つの文章を思い出しました。 たとえそれが理想郷にすぎないとしても。

罪を犯したら男らしくこれを認めて罰を受けよ、これがパブリック・スクール精神といわれる。リースでは学年度最終の日曜日の礼拝は、必ず校長がみずから司祭して卒業生に餞の言葉を贈るのが例である。
 この度、学窓を出る諸君が揃って立派な人間になることは理想ではあるが、今日の社会ではまだそのようなことは到底望めない。志を得るもの、然らざるもの、社会が諸君を遇する道は千差万別であろうが、諸君の母校が諸君を遇する道は常に同じく、大臣、大将、僧正、社長、腰弁、巡査、兵卒、郵便脚夫、いずれの諸君をも、歓び迎える校門の広さに差別はない。一つのクラスがそのまま社会の縮図である以上、あるいは諸君の中から刑法を犯した罪人が出るかも知れない。男らしく己の非を認め潔く規定の服罪をすませた後は、彼とても母校は悦んで迎えるであろう。ただその然らざるもの、罪を犯して逃れんとするもの、罪を他に転じて一人免れんとするものに対しては、リースの鉄門は永久に開かずの門たることを承知すべし。男児は、罪悪においても、なお、男児らしくあれ。

 池田潔「自由と規律ーイギリスの学校生活ー」