中日新聞5月3日朝刊2面「天皇・皇族に基本的人権は」興味深いが消化不良の記事でした・・・

元号が「平成」から「令和」に変わって数日。連日ニュースは改元関連の話題ばかり。例えば、明治神宮で5月1日付の御朱印を貰う順番待ちが10時間になったとか、その御朱印がネットで1万数千円で売られてるとか・・・。

日本は平和だねえ と反応したらいいのか、国外では、それ以外に大事な話題はないの?大丈夫か日本(NHK?) って反応したらいいんだろうか・・・ 。連休中だからNHKには取材編集や解説できる職員が出勤してないか(笑)

と思ってたら、本日(5月3日)付の中日新聞で、ちょっと興味深い記事がありました。 それが今回のタイトルです。

憲政史上初めて天皇が退位した。 現行制度下で天皇が退位の意向を表明することは容易ではなく、憲法で保障された基本的人権が天皇・皇族に及ぶのかどうかを巡り議論を呼んだ。 (5月03日 紙面から)

天皇・皇族に基本的人権は  中日新聞5月3日朝刊2面 核心対論

「天皇が自分の意志で退位しちゃっていいの」以外にも「皇族女性が好きな人と結婚したい場合、民意とか親の意向とかどこまで聞く必要があるの」( 基本的人権が認められれば、 憲法24条「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」が適用されるはず)とか、いろいろ関わってくるな。

中日新聞記事、ネットだとこれだけしか読めないんですが、結論が分からんと話題に載せられないので、この先を少し引用しておきます。

基本的人権は「ない」と考える憲法学者の長谷部恭男・早稲田大教授と「あるが制限されている」と考える哲学者の萱野捻人・津田塾大教授に聞いた。

中日新聞の同記事から

詳しくは新聞を読んでいただくしかないのですが、この記事を読んでいろいろ疑問が生じました。本筋の「基本的人権が及ぶのか否か」にたどり着く前に。

その1 二人の意見が違うのに、「対論」って銘打ってるのに、記事には議論がない。

「対論」って辞書を引きました。

両者が向かい合って、または、ある事柄について対抗して議論すること。また、その議論。

コトバンク 対論

ですがこの記事は、結論の異なる二人の意見を横に並べただけ。二人で議論していません(しないと話面白くならないじゃん)。判定とか記者の突っ込みとか、コメントすらない。だからどう見ても 「対論 」ってミスリードだと思う。せっかく面白そうな話題なのになあ。

その2 憲法の「基本的人権」が天皇・皇族に及ぶのか という議論なのに、憲法学者VS哲学者の対決って、人選おかしくないですか?

僕が法律に対して素人だからそう感じるのかもしれませんが・・・ 問われた課題が「基本的人権は天皇・皇族にも及ぶべきか」であるなら、それは哲学者に問うべきかもしれません。ですが今問われている課題は「 現憲法で定める基本的人権が天皇・皇族に及ぶのか 」です。これって「価値判断」の問題ではなく「法解釈」の問題でしょ?(憲法だか皇室典範だか) 

だったら憲法学者あるいは法律家に聞くべきで、哲学者に聞く意味がわからないです。極端に言えば、その辺を歩いているおじさんにコメントを貰うのと変わらないレベルじゃないです?

※萱野氏の意見に説得力があったか という問題ではなく、哲学者がこの問いに答えるふさわしい人なのかという疑問。

ちなみに僕自身は両者の記事を読んで 萱野氏 が書かれた「制限されている」という表現あたりが適当じゃないか・・・と思ったのですがこれは法解釈ではなく、僕の価値観の表明。


その3 憲法学者のなかでも、「基本的人権が天皇・皇族に及ぶ」という人がいるはず。その二人で対論してもらえません?

例えば同日付のsmart newsで以下の記事を見つけました。 これによると、憲法学者の横田耕一・九州大名誉教授は「(天皇は言及されてないけど)皇族には基本的人権を認める」立場だそうです。

令和へと持ち越された、眞子さまと小室圭さんのご結婚延期問題。憲法学者で『憲法と天皇制』(岩波書店)などの著作がある横田耕一・九州大学名誉教授が語る、この問題についての見解とは?

根本的に、皇族に人権を認めるかについては議論がありますが、私は認めるという立場です。よって皇族女子の結婚は自由でいいと考えます。


・・・象徴天皇制において「象徴」とされるのはあくまで天皇だけで、皇族はそれに含まないというのが私の考えです。眞子さまの結婚に関しても、皇族という概念を持ち出す必要はなく、あくまで個人のこととして扱われると思います。

「眞子さまの結婚制約は違憲」憲法学者が語る小室圭さん問題

いやあ、 「皇族に人権を認めるかについては議論がありますが、私は認めるという立場です。 」って「価値判断」してるだけで、「法解釈」してないように思います・・・けど・・・。

いっそ、一般向け(価値判断)ではなく、公法学会とかで公開討論会(法解釈)で対論して、学会としての多数意見をまとめてもらえないかな。あるいはもうそういうのが出てるのかな? 

皇族に基本的人権は「ない」と考える憲法学者の長谷部恭男・早稲田大教授  VS  皇族に基本的人権を「認める」 と考える 憲法学者の横田耕一・九州大名誉教授

そうしたら、中日新聞は「公法学会の多数意見によれば○○」って表示したうえで、哲学者に「それは極めて遺憾」とか「うん、賛成」とかコメントもらって記事を造ったら、読者の理解も深まるんじゃないかと思うですよ。

道路交通法27条の2

車両は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、最高速度が高い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合においては・・・、できる限り道路の左側端に寄つてこれに進路を譲らなければならない。・・・

e-Gov 道路交通法27条 2

こんな状況に遭遇したことはないでしょうか?

道を車で通行しているあなた。 自分は常識的(※)な速度で走っていますが、前にすごく遅い車がいます。そのせいで自分の車の後ろにも、車が数珠つなぎになっています。 その列は徐々に長くなっているんだけど、原因者は気づいてない、または無視。相変わらずノロノロ。

・・・運転する速度は、各運転手が安全運転だと判断する速度で走るのがベストだろうし、法定下限制限速度なんてないから、ゆっくり走るのは構わないんだけど・・・

「教習所で「交通の流れに乗って走れ」って言われたやろ?後ろのドライバーみんなイラついとるやろ。 普通の速度で走るか、道を譲れこの野郎!」

そういう車に限ってドライバーはジジイで、シルバーマークも付けてなかったりします。(これはN=3くらいの個人の感想であり、 偏見を示すものです) 以下罵詈雑言数行削除。

もちろんノロノロ運転の程度にもよりますし、だからといって悪質な「あおり運転」は厳禁。

けど、ふらつきながら時速30kmくらいで走ってたり、助手席とのおしゃべりに夢中になって、運転がおろそかになってるドライバー(お前、身振り手振りで隣と話す余裕あったら、ちゃんとハンドル握ってスピード出さんかい)とか見ると、「少し無理しても追い越してこの車と距離取りたい」 とか「イラついてあおってしまう」あるいは 「オレの車には車載ミサイル搭載されてなかったっけ?」 とか考えだすこと が一方的に悪いと思えないこともありますよね〜。

それらを避ける一法として、この条文(道路交通法27条の2)がもっと活かされる道はないものか? ってことが僕の頭をよぎるのです。 これから高齢化が進み、ますます忙しい社会になっていくにつれ、このような状況は増えていく一方だと思いますし。

個人的には「踏切の一時停止違反」(自動運転車を走らせようとする時代に、遮断機が故障するリスクを低減させるため、すべてのドライバーに一時停止を強いる)や、定点でのスピード違反(大半のドライバーが「そこは法定速度を超える速度で通行しても安全」と判断し、そのように行動する地点) を取り締まるより、 27条の2 「常識的(※)範囲外のノロノロ運転」を取り締まってくれた方が、日本の生産性向上や交通事件の発生確率の減少にも資するんじゃないかと思うんです。

ま、この条文を適用させるためには、追い越し車両の速度が「法定速度を超えないこと」が大前提になります。が、日本の道路は合理的に 法定速度 が決められているわけでもなく、大半の地点で法定速度を超えた「交通の流れ」ができているから、律儀に法定速度を守るノロノロ車を取り締まるなんて、無理な相談でしょうけど・・・。

(※)何が常識なのか、定量的には言えず恣意性が入ってしまうのが残念ですが。