カンチレパートラス橋

先日の旅で、走行中のバスから熊野川を眺めていたら、気になる橋がありまして。それがこちらの写真です。

うーん、このタイプの橋の写真は見たことがあるんだけど、なんという種類の橋だったかなあ? 鋼材をトラス(三角形)の形に組んでいるタイプなので、「トラス橋」の一種なんだけど、少し吊り橋にも似てますね。

あ、ちなみに「一般的なトラス橋」ってこんなヤツ。これはよく見ますよね。

んで謎の橋なんですけど、まずはgoogle先生に訊いてみることにしました。

掛けられた位置からして、この橋は幹線道路から熊野川対岸にある水力発電所へ渡るために造られた橋だと思われます。水力発電所は「電源開発(現J-Power)」って書いてあったから、橋の施工者も電源開発でしょう。なので「熊野川 トラス橋 電源開発」で検索してみると・・・ありましたー。

敷屋大橋(和歌山県)

国道168号を十津川からさらに南下し、和歌山県に入る。国道の旧道部分に、このカンチレバートラスが架かっている。天気はよく、通るクルマなどない旧道。それでも、敷屋大橋は美しくそこにあった。
このすぐ下流に十津川第二発電所がある。電源開発所有・運営で、そのために架けられた橋ということだろう。

1960年4月電源開発株式会社建造

轍のあった道

「轍のあった道」さんのHPでした。このHPは廃道とか隧道マニアには有名です。

橋の名前は「しきやおおはし」。橋の形式は「カンチレバートラス」橋だと分かりました。 そういえば、橋のたもとに同名のバス停があったような気も、するなあ(笑)。

さて、橋の形式である「カンチレバートラス」ですけど、これはカンチレバー+トラスです。トラスは前に出てきたけど、 「カンチレバー(cantilever)」ってなんでしょう?

答え・・・「片持ち梁」(あるいは一端固定他端自由梁)

wikiによりますと、「水泳プールにある飛び込み板は、片持ち梁構造の代表的な形」だそうで、ん・・・「高飛び込み」する奴かな・・・。

だけどさあ、さっきの写真見ても、どこに片持ち梁(カンチレバー)が使われているのか、よく分からないんですけど・・・? 

wikiトラス橋によりますと「カンチレバー橋は、吊桁を、両側の橋脚から張り出した片持ち梁がヒンジを介して保持するものである。」だそうです。なるほど。wikiを参考に図化してみるとこうなります・・・

写真だとよくわからないのですが、川の中州に立つ二本の橋脚の間に「吊桁」があり、ヒンジを介してその荷重を両側の片持ち梁が支えているんだね。だから荷重が集中する片持ち梁をしっかり支えられるよう、橋脚あたりの鉄骨を吊り橋みたいな形に組むことで、しっかり荷重を支える構造になっているわけだ!

「ヒンジ」は「ちょうつがい」だと思ってください。上下左右には動かないけど、回転は自由な支え っていう意味。このヒンジを設けることが味噌なのです! 

ヒンジがあるかないかで、中央の吊桁に掛かる曲げモーメントが大きく変化するのです。

あ、曲げモーメントってのは、この場合「桁を曲げようとする力」です。桁が曲がったら使い物にならないから、構造物はなんでも、曲げモーメントに耐えられるように造らないといけないのです。しかも、部材の場所によって曲げモーメントの値は異なるので、曲げモーメントが大きい箇所は、他の所より頑丈な構造にする必要があるのです。→こういう学問を「構造力学」って言います。機械・建築・土木系の学科で勉強します←

閑話休題。「部材の場所によって曲げモーメントの値がどうなるか」を図に示したのが、曲げモーメント図です。 カンチレバートラス橋と普通のトラス橋の桁で、曲げモーメント図がどう違うかを示したのが下の図です。

無断借用しちゃいますが、上が カンチレバートラス橋 。下が普通のトラス橋の曲げモーメント図です。縦線が吊り橋みたいに見えてますが、縦線は曲げモーメントの数値を示していて、山の高いところ・谷の深いところは大きな曲げモーメントがかかっていることを示します。山と谷があるのは、モーメントの向きを上下で示しています。細かいことは「構造力学」でやってね(笑)。

カンチレバーとは?1分でわかる意味、構造、カンチレバー橋、片持ち梁
建築学生が学ぶ構造力学

ま、くらべてみると、上のカンチレバー橋で、ヒンジに囲まれた「吊桁」にかかる曲げモーメントが小さくて済んでいるのが分かりますよね。

下の普通のトラス橋の場合、中央部に大きな曲げモーメントが掛かるので、中央に橋脚を立てて桁を支えたいところです。が、上のカンチレバートラス橋では、中間の橋脚は不要そうだし、吊桁をもっと長くしても大丈夫かも・・・って思いますよね。

はい。それがこの橋梁形式のメリットです。これまでのトラス橋と比較して、中央部に橋脚を立てることなく、長い(吊)桁(=橋脚と橋脚の間が広い) の橋を架けることが可能になったのです。

吊桁は現地ではなくよそで造って、最後にクレーン船で「よっこらしょ」と吊って架設することも可能なので、大きい川、深い川に少ない橋脚本数で橋を架ける時、有利な橋型式になるわけです。

※カンチレバートラス橋は、ハインリッヒ・ゲルバー(ドイツ語版)が考案したため、日本ではゲルバー橋とも言われるそうです。

熊野旅行記その3 那智大社他

  • 紀伊勝浦駅0825→大門坂0844(バス)
  • 大門坂〜那智大社(熊野古道)〜青岸渡寺
  • 那智山1105→紀伊勝浦駅1130(バス)
  • 紀伊勝浦駅1224→名古屋駅1610(特急南紀6号)

今日は朝少し時間があったので、紀伊勝浦の商店街を抜け、海まで散歩しました。まあ10分くらいで着いちゃいますけど。

海に面したところには、無料の足湯があります。

そういや、熊野には川湯温泉や湯の峰温泉、そして勝浦温泉など高温の温泉があるんですけど、熊野には活火山ってないですよね。どうして温泉が湧くのでしょうか? 

きちんとした理由はまだ解明されていないのですが、一つの説が下のものです。

「海のプレートが陸のプレートの下に沈み込むときに地下深くで熱水が発生し、その熱水が地下水を温めることによって温泉ができる」という考え方がある。

「勝浦温泉 プレートの動きによって生まれた温泉」足湯の解説看板より

ふーん。ってことでバスに乗って那智本宮大社に向かいましょう。

那智大社・青岸渡寺と熊野古道歩き(大門坂)

「大門坂」で下りて熊野古道をちょっと歩きます。パンフレットによれば

熊野古道のかつての面影が色濃く残る「大門坂」を上って、那智山周辺を巡る「おいしいとこ取り」のコース 

だそうです。が・・・

大門坂
夫婦杉

見ての通り雰囲気はありますけど・・・ずっと急な上り坂で、かなりキツイぞ!!!

大汗かいて、門前町までたどり着いて、ああこれが 「おいしいとこ」か!と実感しました(笑)。

那智大社門前名物。和か屋本店「お滝もち」です。おいしそうだったので撮影前に一つ食べてしまったのですが、お餅2枚とお茶でなんと230円! 餅は少し焙って香ばしくしてから出してくれます。これ、丁寧に造られてて旨いですよー。大門坂を上がってくると特にね(お土産にも買ったけど好評だった)。本当は参拝してから食べるものでしょうけどね。

ここが門前とはいえ、本丸にはここからさらに参道を上がらなきゃいけません。どれくらいかと言うと・・・

神社から門前町を望む。

餅屋は門前町にありますから、餅を食べてからも一登りありますよ〜。

那智大社(主神=イザナミノミコト)。ここも社殿はピカピカきれいであんまりありがたみがないですなあ。代わりに天幕の写真を。八咫烏さんです。日本サッカー協会(JFA)のマークとしても有名ですな。

日本のサッカー選手・指導者。サッカーを初めて日本に紹介、その普及に貢献した。 日本サッカー協会(JFA)のシンボルマークである八咫烏(やたがらす)は、中村の出身地である那智勝浦町にある熊野那智大社の八咫烏をヒントにして、東京高等師範学校(現在の筑波大学)の後輩の漢文学者・内野台嶺らの発案を基に1931年に日名子実三がデザインしたとされる。

wiki中村 覚之助(なかむら かくのすけ)

※そういえば、那智駅の駅前にサッカーボールと中村さんの顕彰碑がありました。あんまし興味ないのでスルーしてた。

閑話休題。那智大社にお参りしてから、隣の青岸渡寺へ。本堂は豊臣秀吉が寄進した重要文化財ですけど、写真はまあいいでしょう。オタクな僕としては同じ重要文化財でも、鎌倉時代(1322年)建立の宝篋印塔の方が興味あるな。古いものは新しいものとどう違うのか・・・

うーむ、分からねー。言われないと鎌倉時代のものとは見えないし・・・

あと気になったのが「尊勝院」という元宿坊。2009年に閉館したそうだけど、ここ泊まったら那智の滝と三重塔の絶景ポイントだね。庭も手入れされているようだし、門や建物の感じもいいよね。

まだ時間があるので、少し距離があるのですが那智の滝まで歩きます。正確には「飛瀧神社(ひろうじんじゃ)」です。

飛瀧神社

普通の神社のように「神様が本殿に祭られ、拝殿から拝む」という形ではなく、御神体である滝を直接拝む形になっています。 こういう古い形の神社形式としては、奈良の大神神社が有名ですが、

大神神社は三輪山(三諸山)を神体山として直接、拝するようになっているため本殿をもたず、拝殿から三輪山自体を神体として仰ぎ見る古神道(原始神道)の形態を残している。

wiki大神神社

拝殿もない飛瀧神社のほうが、さらに古神道の形態を色濃く残しているようです。

この付近の山が「那智原始林」で、そこに沢山の滝があるそうです(那智48滝)。この滝が一の滝で、上流に二の滝、三の滝があるとのこと。

そう言えば、二の滝の近くで花山法皇(第65代花山天皇の出家後の呼び名)が庵を結び千日修行されたそうです。この天皇は平安時代、安倍晴明や藤原道長と同世代の人です。17歳で即位し、19才で退位。退位して出家した理由は、女性問題の上に、藤原氏にだまされて出家させられちゃったようですが(笑)。

まあその修行中に「修行が終わったら西国三十三ヶ所巡礼をしなさい」と神託を受けたそうで、ここ熊野から巡礼をスタート。ってなことで、ここ青岸渡寺が 西国三十三ヶ所巡礼の一番札所になってるんですな。

この由緒に天皇が関係することが、「明治時代に神仏習合が廃されたとき、熊野三山の他の2つ、熊野本宮大社、熊野速玉大社では仏堂は全て廃されたが、熊野那智大社では如意輪堂が破却を免れ、のちに信者の手で青岸渡寺として復興した(wiki)」時に役立ったのかもしれません。明治政府としては、天皇の権威をあげることが大事でしたからね。

これでこの旅も終わりです。熊野三山を巡ることで、イザナギ、イザナミ、スサノオの神様のビックメジャー三つを拝んだことになります。さらに伊勢神宮を巡ればアマテラスも揃い、メジャーな神さんをコンプリートすることができます。

あ、そうか。熊野古道の「伊勢路」ってのは、まさに伊勢神宮と熊野を結んだ道ですから、観光パックとしてもうまくできたもんですね。さらに足りない方は霊場高野山を追加したらよろし(高野山と本宮大社を結ぶのが、熊野古道「小辺道」)。たんまりお金使っていってや~(笑)。

バスに乗り紀伊勝浦駅に戻り、昼ごはんは昨夜に引き続きいちりんさんへ行って、マグロ丼を頂きました。

帰りがけに、「マグロの刺身をお土産に買って帰りたいんだけど、どこかいい店ないですかね?」と聞いてみたら、なんとお店のすぐ隣に、ショーケース一つのお店があるそうで、そこを紹介していただきました。「勝浦でも小売りをやる店は凄く減っちゃったよ」でも目の肥えた地元民向きなのでさすがでした。価格は市価の半値くらい、新鮮なマグロ刺身が買えて満足満足〜。

※昼の名古屋行特急「南紀6号」の指定席は、平日にも関わらずけっこうお客さんが載っていたので、早めに予約しておいた方がよいかもしれません。