「有機農業」や「自給自足」に憧れた貴方に。

なかなか興味深い記事があったので紹介します。

有機農業に憧れて就農した若者の多くが、なぜ3年で辞めるのか?農家を増やす戦略の欠如

農家の平均年齢が67.8歳と高齢化の進む農業界にあって、若手の参入が多いのが有機農業だ。新規就農者のうち2割は全作物で有機農業を行っており、一部の作物で有機を手掛ける者まで含めれば3割近い。耕地面積でみるとわずか0.5%(2018年)の有機農業に、若手が集中する構図だ。その実、有機農業での新規参入は有機以外に比べ、売上や所得が低水準になりがちで、生計が成り立つまでの年数が長い。若者が憧れる有機農業はなぜ難しいのか。その実態をルポする。

現代ビジネス

紹介されている概要は以上のような感じです。が、僕が「興味深い」と思ったのが、この記事で紹介されている農家さんたちのコメント。指摘されている内容は、僕にも身に覚えがある指摘ばかりだった(笑)。

以下、ことわりがなければ、この記事からの引用です。

北杜市は有機農業の新規参入が多いことで有名だ。冷涼な気候で害虫の発生が比較的少ないこと、市内に核となる有機農家がいたことなどが影響している。市に新規参入の相談をする人の8割が有機農業の希望者だ。山梨県の有機農家171軒(2020年度)のうち、8割くらいが北杜市の農家とみられる。

「有機農業は、基本的に化学的に合成された肥料や農薬を使わない。環境への負荷をできるだけ減らし、その土地での物質の循環を重視する。」

僕の経験だと、有機農法って農法である以上に思想なんですよね。環境への負荷を減らし物質の循環を重視、それでいて、人の生活に不可欠な食物を生産する。 これって、環境問題に関心のある、特に若い人には受けます。

かくいう僕も今は「有機農法・・・俺には無理、てか趣味レベル以上では多くの人が無理じゃね?」と思っているけれど、 高校や大学生の頃は 福岡正信の自然農法 わら一本の革命 とかを読んで「有機農法」や「自給自足」に憧れていました。 

ちなみに、僕の描いた自給自足の思想ってこんな感じです。アニメかよ。

今は、ラピュタがなぜ滅びたのかあたしよく分かる。ゴンドアの谷の歌にあるもの。”土に根をおろし、風とともに生きよう。種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう”。どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんの可哀想なロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ」

後で考えるに、この頃の僕は本を読んで理想に酔っていただけで、実家は自給農家だったのに全く農作業に手出ししてませんでした。俗に言う 「畳の上の水練」です。ま、それも「若さのゆえの特権」かと、おじさんになった今はそうも思うけれど。

そんな僕が、実際に農業をやってみれば・・・

「農業生産技術を学んだ人間が、次に有機に進むなら多少は分かる。1ヘクタールを耕作する農家が、10アールで有機をやろうというなら、それは可能性あるよ。でも、25歳、30歳くらいで会社を辞めて、いきなり有機農業を始める。それは……できない」(梅津さん)

慣行農業に比べ、有機は使える資材が限られ、難易度が上がる。だから「慣行農業もできないのに、いきなり有機はないだろう」(梅津さん)というのだ。

すごくよくわかります。逆に言えば、慣行農業で使える資材って、農薬や肥料含め、すごく便利だし、よく考えられているんですよ。(夏の暑い日の草取りだってサボれるぞ)ま、それらの助けを借りても、満足の行く野菜を作るのって、なかなか難しいのですが。さらに難易度が上がると・・・初心者には無理ゲーじゃね って思いません?

でまあ、有機で農作物ができても

「有機の新規就農者の課題は、販路だと思う。農協みたいな出荷先がないから、自分で販路を探さないといけない。今は野菜を作れるだけでなく、売るためのコミュニケーション能力がある人じゃないと、うまくいかない。実際、弱肉強食の世界になっている」(畑山さん)
「作るのに専念する方が向いている人もいる。そういう人が売り先の確保に苦労しないでうまく経営していくには、農協に代わるような、新しい組織が必要なのかな」(畑山さん)

農協や市場って、色々問題はあるんだけど、「販路」を代行してくれるからとても頼れる場所なんですよね。でも、有機農業の農作物は引き取ってくれません。

(有機農法では、まず「見栄え」の品質基準をクリアできないでしょう。そして、その品質基準をクリアできないものは、大半の消費者には買ってもらえない商品である というのが現実かと。)

だから自分で販路を確保する必要があるのだけど・・・これって、自営業と一緒じゃないすか。 (それが難しいから、大半の人は起業せず不本意ながら会社に留まるんだし)それに、就農希望者には、対人関係苦手で逃げたい っていう人も多いように感じました(僕もです)が、さて。

北杜市には、100軒を優に超える有機農家がいるはずだが「有機農業で生計を立てている、つまり家族を養える規模でやっているのは40人くらい」という。半農半Xのような感じで、農業をするというよりは「農的な暮らし」を志向している人が相当多いようだ。一方で、農業だけでは生計が成り立たず、収入を補うために始めたアルバイトが、図らずも主業になってしまう人もいる。

文意とは逆に、僕なんて100軒超えで40人も成功しててすげえと思うけど。まそれはともかく、僕としてはこの現実を悲観視しているわけじゃなくて、「農家」までいかずとも、「農的な暮らし」ってのもいいんじゃないかな って思った次第なのです。

というか、僕も一年ほど地元の農協が開講した農業塾(慣行農法で産直に出荷する農家育成が目的)に通った結果、「農業」ではなく「農的な暮らし」に落ち着いた口でした。

同期の人達も半農半年金か、自家消費農家です。

僕の場合、勤めて給料をもらいながら、草刈りしたり、稲作したり、水路の維持作業(主に泥上げ)したり、疑似稲作農家してますし、その時分に作成した自分のLINEプロフィールが「農的生活!」ですしね。ま、その仕事から帰ってくると、くたびれて自宅の畑の世話は・・・してないが(笑)。

甘いんだろうけど、半農半Xで、Xが肉体労働だと、現代っ子だとキビシイなあって思います。Xが頭脳労働ならいい組み合わせ(精神疲労+肉体疲労)だと思うけど。

昔、有機農業や自給自足に憧れ関連の書籍を集めていた時期があったのだけど、最近その時読んだ本の一著者(この筋では有名人かと)の記事を読んで、その生活や文書に肝を潰しました。

「百姓と体力」。いきなりこれを持ち出したのは、まさに今が百姓にとって体力勝負のときだから。気温34℃。畑の土の上は50℃を超す。帽子をかぶらず、首にタオルを巻かず、丸出しの上半身にたっぷり光を浴びてスコップを踏み込む。息は切れない。心拍数も変わらず。掘り上げた夏草は山積みにし、糠と鶏糞を混ぜておけば良質の土になる。その期待が暑さを忘れさせる。
 今テレビはオリンピック開催で盛り上がっている。「危険な暑さとなります。屋外での運動は避けてください……」。テレビはそうも言っている。涼しい朝夕だけ畑に出て、暑い日中は昼寝などで体を休めるという農家もある。自称、カツオかマグロ、動きを止めると死んでしまうかもという僕はついぞ昼寝をしたことがない。じっとしてられない性格もあるが、自給自足を貫徹するとなれば、どれほど寒くとも暑くとも、さまざま工夫して食料の確保に努めねばならない。

百姓と体力/自給自足を夢見て脱サラ農家36年(1) 2021/7/27中村顕治

書いたのは革命家か?と思いましたね。・・・自己の思想に陶酔してなければ、こんな生活続けられないし、こういう文章も書けないよなあって思います。個人の生き方として尊敬に値するとは思うけれど、僕にはこういう生き方は無理だし、正直お友達にもなれない気がします。(昔は読者だったけれど)

僕なんか仕事を終えて家に帰り、クーラーの効いた部屋で、無料動画(考えなくて済むアニメとか)見てると快適で幸せ とか思う俗物だからなあ。ま、勤めを引退したら、自給農家やるべとは思ってますけど。

そういうレベルの人には「農家」ではなく「定年まで農的な暮らし」あるいは「半農半X」って、良い意味で 「いい加減」 だと思います。

「農業経営をしたいんじゃなくて、田舎暮らしをしたいというタイプの人。自分で何を目指しているかよく分かっていなくて、とりあえず農業だ、有機農業だと思って、田舎に移住してくる人がいる」 

要は“自分探しの旅”の途上で、なんとなく有機農業を始めてしまう人がけっこういるのだ。有機農業をする中で、自分がしたいのは専業農家ではなく、半農半Xだ、あるいは家庭菜園の方が向いていると気づく人もいる。

「そういうことに気づいて変わっていけるのは、全然いいこと。ただ、自分に何が向いているか、なかなか気づけなかったり、時間がかかったりして、ずるずると農業を続けた挙げ句、途中でリタイアしちゃうタイプの人もいる」

こういうミスマッチを、少しでも減らせないか。畑山さんは、そのための試みを始めている。

「新規参入で、その人がどんなことをやりたいのかという相談は、行政が聞くよりも、農家が聞く方が話は早い。そういう受け入れの一番最初の窓口みたいなものを作りたい。1週間あるいは1日からでもいいから、インターンシップのような制度を作って、農業体験をしてもらって、自分に向いているのか、自分が何をやりたいのか判断する材料にしてもらえれば」

いきなり突っ込むより、試行してみる方法もある って知ることは、大事なことだなって思います。 僕の経験からすると、期間は一年は必要じゃないか とは思うけれど。

この木なんの木 気になる木

近所の人から、珍しい木があるよ と教えてもらいました。「リュウゼツラン」だそうです。 あまり聞いたことないですけど、どんな木でしたっけ?

「?」という僕の顔を見て「ほら、テキーラの原料になる木だよ」と。

うーん・・・なんか映画だか画像で見たような見ないような。たしかサボテンを蒸留してお酒にしていたような・・・「乾燥に強いサボテンみたいな木ですか?」

写真を見せてくれたのですが、近所なので写真取りを兼ねて見に行ってきました。

根元は、サボテンというか、アロエみたいですねえ。そこからまるで「竹」のような茎がニョキニョキと伸びていて・・・

屋根より遥かに高い位置まで達しています。んで、その先に、バナナみたいな?花が付いています。花が咲くのはかなり珍しいとか。 詳しいことは分かりませんけど、一応拡大した写真も載せておきます。

ふむー。テキーラ もとい竜舌蘭というのはこういう植物なのね。

メキシコを中心に米国南西部と中南米の熱帯域に自生するほか、食用・繊維作物、あるいは観葉植物として広く栽培されている。和名に「蘭」とあるが、ラン科 (Orchidaceae) に近い植物ではない。また形状がアフリカ原産のアロエに似ているが、アロエはツルボラン科の植物である。
日本ではリュウゼツランあるいはアガベの両方で呼ばれることが多いが、趣味家にとってリュウゼツランとはあくまで1つの品種のことを指すので、総称としてはアガベと呼ばれる。

wiki リュウゼツラン属
dど

アロエと似てるけど、アロエは「キジカクシ目ススキノキ科ツルボラン亜科アロエ属」だそうなので、だいぶ遠いのですな。

リュウゼツランの仲間では、開花期になると、それまでの栄養成長で蓄えたデンプンの糖化が起き、大量の糖分を含んだ液体の転流が花茎に起こる。メキシコでは先史時代から、若い花茎をそのままサトウキビのように消費したり、花茎を切り取って切り口を掘りくぼめることで、この液体を集め、そのまま甘味料とした。この樹液を煮詰めたものはアガベシロップあるいはマゲイシロップの呼び名で甘味料として利用される。この甘味料はグリセミック指数が低い甘味料として利用される。

アオノリュウゼツランやテキラリュウゼツラン等の樹液を発酵させたものがプルケで、先コロンブス期から作られてきた。またアオノリュウゼツランやテキラリュウゼツラン等からは蒸留酒も作られている。樹齢数年から12年の花茎を伸ばす前の段階で収穫し葉を切り除く。肥大化した茎の部分(葉を切り落とした姿がパイナップルに似ているため「ピーニャ(西: piña)」と呼ばれる)の重さは36-91kgになる。この「ピーニャ」を蒸し焼きにして糖化を引き起こし、これを搾って得た糖液をアルコール発酵させ蒸留したものでメスカルという蒸留酒である。メスカルの中でもメキシコのハリスコ州テキーラで作られるテキーラは世界的に飲まれている。

wiki リュウゼツラン属 食用

勉強になりますね。「テキーラ」って独立した酒の名前かと思っていたのですが、産地名だったのかあ。一般名は「メスカル」って言うんだな。(・・・なんのお勉強ですか?)

リュウゼツランの種類によって差はあるようですが、時期によって、茎がサトウキビみたいになるんですね。 ちなみにサトウキビの絞り汁からも蒸留酒が作られてます。有名な「ラム酒」です。

サトウキビに含まれるショ糖を酵母でアルコール発酵させてエタノールに変えた後、蒸留、熟成することで作られる。西インド諸島が原産地と考えられている。

wiki ラム酒

そう言えば、奄美の黒糖焼酎もサトウキビが元になっています

が、こっちは絞り汁を濃縮して固形化した黒砂糖と米麹を使うので、かなり手間がかかります。

ん〜、なぜ奄美では、ラム酒ではなく、より面倒な製法の「黒糖焼酎」が生き残ったんですかね?呑んべぇの感覚としては(僕じゃないよ)、手っ取り早くアルコールができる方が重宝されそうな気がします。ラム酒のほうが安く作れるだろうし。 

南方の木はここまでで、次は北方?

我が家の庭に植えてある、白樺です。 

僕は長野県南部の砂防工事の現場監督してたとき(標高1000m弱)、この木が好きになりました。夏場は見ると涼し気な感じがしますね。

ま、これは「風鈴」のように、記憶とともに刷り込まれる「勘違い」でしょうから、そう感じない人も多いかもしれませんけど。

19日に放送された『チコちゃんに叱られる!!』(NHK)では、「風鈴の音を聞くと涼しく感じるのはなぜ」というテーマの回答が話題となっている。日本の夏といえば風鈴と言えるくらいに多くの風鈴を見るが、実は効果があるのは日本人だけだった…?

風鈴がなっているときは基本的に風が吹いているので、涼しく感じるのは当たり前だという。しかし、風鈴を自分で鳴らした場合でも涼しく感じる人もいるだろう。 日本では古くから夏に風鈴の音を聞く機会が多く、音を聞くだけで風が吹いていると勘違いし、涼しいと感じる条件反射を身につけたという。風鈴の音を感じるのは日本人独特のものであると説明。それを実証するべく実験を行った。


気温30度の室内で10分間座ってもらった後、風鈴の音を聞いて皮膚体温を比較する実験を行った。外国人は、風鈴の音を聞くことで体温が上昇した。風鈴の音によってリラックスし、血行が良くなり皮膚温温が上がったようだ。
 しかし、日本人は全くの逆で、皮膚温度が下がったという結果になった。日本人は風鈴の音を聞いて涼しく感じ血行が悪くなったことで皮膚温度が下がったのではないかと解説した。

ニコニコニュース

いちおう暑さに強い「シャクモンティ」という品種を取り寄せて植えて4年。 一応まだ生きてはいますが、主枝が立ち枯れ、そろそろ厳しいかなあと。やはり土地には土地にあった植物を植えるべき ですよね。わかってはいたけれど、僕のわがままに付き合ってもらってゴメンよ〜。