市民講座を利用する。 「中東の歴史」

暑かったり寒かったり、風邪を引いたのか喉がガラガラして痛いです。呼吸器系が弱いので注意しないと。 皆様もお気を付けください。何を気を付けたらいいのか、僕には分らんのだがね。

5月から今日まで、西尾市の春期公民館講座を受講しておりました。講座名は

「中東の歴史」 -なぜ紛争はなくならないのか–  でございます。

1時間半の講義8回で古代オリエントの歴史、多神教と一神教、ローマ帝国と宗教、イスラーム、イスラーム世界の拡大、オスマン帝国の盛衰とアラブの民族運動、イスラエルの建国とパレスティナ問題、イラン革命後の中東情勢    などが取り上げられました。

まあ、程度としては高等学校世界史+αですね。 なにせ講師は元高校教諭※だからして。

こういう講座は、講師の力量により、或いはタイトルと内容がかけ離れていたりして、聞いててがっかりすることも多いのですが(EX大学の教養講座等)、今回は楽しい!とは言えないまでも、きちんとしたよい講義でした。(誰もが池上彰になれるわけじゃないす)

この講義を聞いて、何か新たにすごい知見が得られる というようなものではありませんが、中東の歴史って、本を読むよりは、しっかり知識が身につくと思います。一人で本を読んでも速やかに忘れますが(笑)、講義で聞くとなかなか整理できていいと思いますよ。

さらに、今回の講座は講師が博識で、いろいろ脱線する小話がなかなか面白かったですね。日本史やら宗教にまで話がおよんでたし。思考的にはかなりリベラルで、どのくらいかと言うと、安倍くんや稲田くんが聞くと「非国民!」と言うくらい。パンチが効いてて面白かった(受講者に極右の人がいないで良かったよ)。僕も同類だけど、めんどくさいので黙ってますがね(笑)。

料金は1600円。他にも受けてみたい講座はいろいろあります。・・・陶芸とか、中国語講座、キムチ造りどか。秋講座も利用するつもりです。皆さんにもお勧めしたいところなんですが・・・何せほどんど平日開講なので、仕事をリタイヤしないと受講できない(笑)。

これ以上講座の内容は説明しませんが、紹介された参考図書を載せておきます。

講師曰く、なかなか中東やイスラームについて、きちんとまとまった形で一般向けに取りまとめたよい本はない、学者先生は自分の専門ばかり詳しいし・・・とのことでしたが、それでもこの辺りなら・・・と、2冊本を紹介してくれました。

(読んでないのに紹介してしまうけど、講座の内容、それと僕も宮崎正勝さんの別の本は何冊か読んでいるので、そこから判断するに両方とも悪くない選択肢だと思います。)

これは僕のおすすめですが、イスラームの歴史をサラッと抑えるなら、

あたりがいいかな と。予備校の先生なので、歴史部分はわかりやすくて良いのですが、ただし「歴史を見る目を現代を見る目に応用した」という解説はいただけません。神野史観はどんなものかというと、これを読めば、安倍くんや稲田くんが激賞するだろう といえばわかりますかね。

それとまあ、講義を聞きながらぼんやり感じてたところですが、これからの中東を考えるなら、注目すべきはサウジアラビアとイランじゃないかなと。スンナ派(超厳格)でアラブの盟主サウジアラビア、シーア派でペルシャ人のイラン。おまけに核疑惑付き。この辺りを中心にいろいろ絡んでいるのが中東の現実かなと。

そんなことを思った僕は、次の本を買って読んでみます。

(内容を見ないで買うと、タイトルと内容のギャップに「はずれ~」となることが大半ですが、たまにいいのに当たると、これこそ読書の醍醐味!amazon詣で辞められないんだよね・・・)

→(追記)すばらしく良い本に当たりました。いろんな観点で分析されており、超お勧め!

中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌 (NHK出版新書) 新書       高橋 和夫 (著)

かつて「悪の枢軸」と名指しされるも、急速にアメリカとの距離を縮めるイラン。それに強い焦りを覚え、新しいリーダーの下で強権的にふるまうサウジアラビア。両国はなぜ国交を断絶したのか? 新たな戦争は起きるのか? ISやシリア内戦への影響は? 情勢に通じる第一人者が、国際政治を揺るがす震源地の深層を鮮やかに読みとく!

オバマ君のアメリカは、イランと手を結びサウジを焦らせたものですが(まさにこの本が書かれた状況)、トランプ君のアメリカは、イランを遠ざけ、サウジとの連携を強めてます。ISが占拠していたモスルがもうじき陥落しそうなこの時期に、サウジはGCC仲間だったはずのカタールと国交断絶してたり。

と。あとはトルコとイスラエルに注目かな?

イスラエルに関しては、アメリカとの連携

トランプ君は、イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移動させようとしましたし、大統領に影響力のあるクシュナー上級顧問と愛娘イバンカ氏はバリバリのユダヤ教徒ですし(イスラエルとの連携強化が示唆?)。

トルコに関してはクルド人との関連

クルド人は、トルコ東部、イラク北部、イラン北西部に3000万人近くが暮らしています。本来なら自分たちの国家を持ってもおかしくない規模です。いま、クルド人勢力もモスルを攻めていますが、イスラーム国が壊滅したイラク北部に残るのは、クルド人勢力・・・ですよね。 国内のクルド人への波及を恐れるトルコは、イスラーム国を空爆すると見せかけクルド人を攻撃してます。ただでさえ、トルコは地域で突出した経済力と軍事力を誇りますからね。それがどう動くのかな?

そのあたりよく見ていきたいと思いますね。何せ21世紀は、イスラームの時代ですから!

 

 

 

 

※元西尾高校世界史教諭のKさん。僕も同校出身で、卒業アルバムによれば自分の高校生時代の担任団におられたようですが、こちらは理系の日本史選択の生徒(当時は世界史が必修じゃなかった)、あちらは文系の世界史の教諭ですので、まったく接点がありませんでした。

 

法輪→仏像のはじまり 

バンコクの国立博物館で、こんな展示物を見て考えていました。これは何だろう?車輪のようにも見えますが、周りは仏像ですから、これも仏具なんか?

Photo: “National Museum – Law Wheel (6th century)”   TripAdvisor

調べてみると、まさに”Law Wheel”’すなわち「法輪」というそうです。もともと仏教は偶像崇拝禁止でした。で、仏教の教えを輪に例えたこの「法輪」や、釈迦の足跡を刻んだ「仏足石」、釈迦の骨を納めた「ストゥーパ」なんかを拝んでいたそうです。   法輪は、インドの国旗にも描かれています。

インド国旗

でもまあ、偶像の魅力ってのは、布教の強力な助っ人になります。仏を知らぬとある蛮国に伝わった際、その国にはすでに神がいたのに、わざわざその国の王さまが群臣に取り扱いを相談してますから、難しい経典と比較すると、相当魅力的だったんでしょうね。(「金ぴかの仏像」で割り引く必要があります。本来の仏教は、経典が大事なんだけどね。戦には旗が必要なんで)

「西蛮が献上した仏の相貌は美しくおごそかなもので、今までに全くなかったものだ。礼拝すべきか否か」

首相の意を忖度した官房副長官「西蛮にならって祭るべきでございます。」硬骨の前次官「浮気すると神さんが怒りまっせ、やめときなはれ」。首相は官房副長官に「魅力的だから・・・でも世論は怖えから、代わりにオマエ祭ってみな」とおっしゃった(笑)。

あれ、別の事例と混同してしまいました。正しくはシナリオ「日本書紀」によると、首相→欽明天皇 官房副長官→蘇我稲目(大臣) 前次官→物部尾興(大連) 世論→神罰 だね!

閑話休題。えっと、そんな魅力的な仏像はどこでできたんでしょうか?成立は、二世紀中ごろ、今のアフガニスタン、パキスタン、インド北部を領地とするクシャナ王朝での出来事のようでございます。

二世紀中ごろのアジア 吉川弘文館 世界史新地図より

成立場所は2つの説があり、(1)ガンダーラ説(現アフガニスタン東部)と(2)マトゥラー説(インド北部)がございますな。

(1)ガンダーラ

もともとは、マウリア朝のアショーカ王が多くの仏塔を建てたところです。その後、アレキサンダー大王の遠征を経て、この辺りにはギリシャ人の支配する王国がいくつか出来ました(代表的なのはバクトリア王国)。バクトリアの王様ではありませんが、ギリシャ人のメナンドロス1世「「ミリンダ王(弥蘭陀王等)」と呼ばれ、仏僧と質疑をかわし仏教徒になったそうで、「ミリンダ王の問い(那先比丘経)」としてその質疑が残っているそうです。その後、イランまたはトルコ系のクシャナー族がクシャナー王朝を立てたのですが、ギリシャ・ペルシャの影響が残る「ガンダーラ美術」が起こりました。

ギリシャ人は、ゼウスとかアポロンとか神様を人に似せて像にしていましたから、それにヒントを得てブッダの像を造ったのかもしれません。ここでできた仏像はガンダーラ仏と呼ばれ、目鼻立ちが高くひいでたギリシャ人風貌、肩から身体を覆っている衣服は西アジア風てなところとか 例えばこちら にギリシャ彫刻の影響が残っているそうで。(ヘレニズム文化)

(2)マトゥラー(仏)

こちらは、インド土着の美術的伝統である健康な肉体美を理想として造られているそうで、例えばこちら あるいはこちら  など。このあたり、特に後者は、もうエローラのヒンドゥー教の像までもう少しだよ・・。エロティックつーか、インド土着の美術ってそういうことなのかも!

こっちだと、あんまり敬って拝む って感じはしないけれど(観察しちゃうよね)、親しみは持てますよねぇ。 寺の威厳を取り繕うにはあんまりよくないけどな。

本来はキリスト教だって、偶像崇拝禁止(「十戒」)ですが、無知蒙昧な毛唐どもに、ありがたいキリスト教の教えを広めるためには、キリスト像とかマリア像が必要だったんですな。それらを思うと、偶像禁止!を貫くのイスラム教ってのは、つくづくすごいです。

参考文献:中村元「古代インド」講談社学術文庫1674