「オメラスから歩み去る人々」

という小話をご存じでしょうか?

世界のどこかに存在するオメラスという町の話です。オメラスは治安も良く、経済的にも豊かで、すべてにおいて理想的な楽園です。貧困も、人種差別も、暴力もありません。戦争や犯罪もありません。しかし、この町にも一つだけ、暗い闇があります。町には一人、虐待されている子どもがいるのです。この子は、暗く不潔な地下に閉じ込められています。生き残るための最低限の食糧だけが与えられ、日常的に殴られているのです。

オメラスの幸福は、この子をひどくいじめることを条件にして維持されているのです。この子を地下室から救い出せば、町の幸せはすべて水の泡のように消えてしまいます。物語は、一群の人々が、その子の姿を見た後、オメラスから歩み去るところで終わります。

1人の子供がいじめられ続けることで、全体の幸せが保たれる社会…「神学」から考える人権

この子を助けるべきなのか?サンデル教授の白熱教室 に出てくるような設定ですね。   この話の場合、「多くの人が幸福になるために、一人を犠牲にすることは許されるのか」という問題です。もう少し難しく言い換えると、「功利主義」は是か非かを考える議論のための極論例です。 

功利主義とは、人々の幸福を最大化させることが正義であるという考え方です。
例えば、従業員4人の会社の資金繰りが悪化して、1人の社員をリストラしなければ倒産してしまう状態であったとします。
この場合、功利主義では1人をリストラする方が正しいと考えます。
なぜなら、解雇される社員はもちろん不幸ですが、現実的にその1人を守ろうとすると会社が倒産してしまい、4人全員が職を失うことになってしまうからです。

功利主義を具体例とともにわかりやすく解説!代表的な哲学者も紹介!  哲学ちゃん

ふつうのオメラス町民だったらとても幸せ。でも「ある一人」にあたってしまったら、たまったものじゃないですよね。 でもまあ、成熟した民主主義国家であれば、不幸にもその一人に当たった場合、何らかの救済措置が取られていたり、「人権」で守られていたりするものですけど。

でも、成熟した民主主義国家(?)である日本のとある人の発言を聞いていて、僕はこのオメラスの話を思い出してしまいました。別の部分で「当事者的に見ると、いじめ的情報と感じる」っていう発言もありましたし。

安定的な皇位継承のあり方に関する国会での議論をめぐり、秋篠宮さまが記者会見で「皇族は生身の人間」と述べ、宮内庁は影響を受ける皇族の考えを理解する必要があると指摘されたことを受けて、宮内庁の西村泰彦長官は、12日の定例記者会見で「まさにそのとおりで、十分お話を伺う機会はなかったと反省している」と述べました。

衆参両院の議長は、ことし9月、各党から意見聴取を行った結果、女性皇族が結婚後も皇室に残る案についておおむね共通認識が得られたなどとする中間報告をまとめました。


秋篠宮さまは先月の記者会見で、こうした議論をする際に当事者の意見を聴取する機会が必要と考えるか尋ねられ、「該当する皇族は生身の人間」としたうえで、影響を受ける皇族方を生活や仕事の面でサポートする宮内庁の幹部は、「その人たちがどういう考えを持っているかということを理解して、若しくは知っておく必要があるのではないかと思っております」と述べられました。

秋篠宮さまの「皇族は生身の人間」発言で 宮内庁長官「反省」

秋篠宮は(超訳すると)「俺らも生身の人間なんだから、「女性皇族が結婚後も皇室に残る」かどうか、勝手に決める前に本人の意思を聞け。~俺らにも憲法に基づく職業選択の自由(人権)はあるんだから~と言ってます。

徹底した人権教育を受けた(例えば若い人)だと、「皇族にも人権はあるでしょ、そりゃ」と思うかもしれないのですが・・・実は天皇制(憲法)って、天皇(と皇族)には人権なし という前提で組み立てられているという考え方もあるんですよ。

とある作家と憲法学者の対談です。

高橋 僕はその問題を一番最初に長谷部さんにお会いした時に、「天皇って人権がなくてヤバくないですか?」という話をしました。職業選択の自由も、たぶん婚姻の自由も、表現の自由もないでしょうし。

長谷部 ありませんね。

高橋 言ってみれば天皇という、一個人を犠牲にして憲法を成り立たせているのだと。それっていいんですか?という話を以前僕が長谷部さんにしたら、「天皇は人権の飛び地だ」とおっしゃいました。ある意味、天皇には人権が及ばないということだと思います。

天皇って人権がなくてヤバくないですか? 知ってるようで知らない「憲法」 
高橋源一郎✕長谷部恭男「憲法対談」

この対談はこの先が面白いから、ぜひリンク先を読んでみてください。

閑話休題。皇族が「皇族を離脱したい」 という希望は昔からあり、昭和天皇の弟宮である高松宮や、戦後首相になった東久邇宮も漏らされてます。よくある話ではありますが、時代が進み、世間で自由や平等がますます重んじられるほど、それを与えられない家(身分)からの離脱を強く望むのが人ってもんじゃないでしょうか。 

だからまあ、とある人は駆け落ちして海外逃亡することによりくびきから逃れ、ある人はそんな手段しか取れない家に反発し無理やりな一人暮らしを強行し、国民からそれらを非難され一家が苦しむ という状況に陥るわけです。つまり、「いじめ続けられる1人の子供」

むしろ長男一家はすごいっす。あれが「帝王学」ってもんでしょうね。だったら帝王学をそばで学んできた人が女帝になればよくね?OJTの時間も豊富にありますし。

僕は天皇制というシステムは、日本国統治のために極めて有用で、できれば制度を維持していってもらいたいと思っています(1人の子供がいじめられ続けることを是認)。

ですが一方で、それは自由意志で身をささげて頂かないと無理な仕事 とも思っています。 兵士として巨人と戦うのですら自由意志で「心臓を捧げよ!」というくらいですからね。 だからもちろん、献身してくださるなら男女、系を問いません。そして献身してくださる方がいなければ天皇制廃止もやむなし。 つまり、「オメラスから歩み去る人々」でもあるわけです。

と、そのように考えてきて、おじいさんに当たる昭和天皇は「人間宣言」をしたけれど、秋篠宮は「人権宣言」したのだ と思い至りました。 これってすごいことじゃね?

1946(昭和21)年1月1日に発せられた詔書の通称。このなかで昭和天皇は、天皇を現御神(アキツミカミ)とするのは架空の観念であると述べ、自らの神性を否定した。

天皇「人間宣言」 国立国会図書館

昭和天皇はバリバリの生物学者だったから、「自分に神性がある」 なぞつゆほども思ってなかったでしょう。それでも宣言したのは、そうする必要があったということでしょう。であるなら・・・(あとはそれぞれ考えてね)。

興味深い組織図

自民・公明と国民民主3党の幹事長がきょう、いわゆる年収「103万円の壁」について「178万円を目指して来年から引き上げる」などと合意したことについて、宮沢税調会長は「釈然としない」と苦言を呈しました。

自民・宮沢税調会長「釈然としない」 自民・公明・国民3党の幹事長合意に苦言

宮沢税調会長、財務省出身のエリート(つまり財務真理教のエリート信者、というより現段階の教祖に近いか)だし、減税に反対なのは妥当なところ。だからこのニュース自体には驚きなかったんですけど、

むしろ驚いたのが、党内一機関の会長が、党幹事長に苦言を呈したというところ。 党幹事長って2番目に偉いのでしょう。僕の感覚でいうと、「部長が専務に苦言を呈す」ていうような感じ。組織運営的にやばくねーの?って。

党則上総裁に次ぐ副総裁は常設の役職ではないため、副総裁が空席の場合は幹事長が党の実質的ナンバー2とされる。

wiki

自民党税制調査会 自民党で政策決定を担う政務調査会の一機関。

きょうのことば

政務調査会だって、幹事長の指揮下なんだろ?と思って自民党の機構図とか見てみたですよ。そしたら、うまく書けた組織図だな~って思いましたね。

自民党機構図

ぱっと見、「幹事長」と「政務調査会」「政調審議会」が同格、そして「政調審議会」の下に、税制を含む「調査会」があるわけだから、税制調査会会長は幹事長より格下なのかと見てしまいます。

がよく見ると、「政務調査会」「政調審議会」そして「調査会」は実線ではなく、破線で繋がれているんですよね。  たぶんここがミソ。「直接の上下関係はありません」ということの表れじゃないかな?

まあ、昔は自民党税調と言えば、すごい権力を持ってたから、この組織図はその時の名残(序列をあいまいに表現)かなって。

1980~2000年代、山中貞則が「税調のドン」として君臨。「首相に(税制改正を)判断する能力はない」として首相が何か口出ししようものなら「おしゃべり野郎」と言い放った。また、1986年に府令で設置が決まっている公式組織である政府税調と方針が対立したとき、記者から「政府税調を軽視しているのではないか」と聞かれた際、「軽視ではない。無視しておる」と発言している。2000年から2004年にかけて、これら長老議員の相次ぐ死去・引退によりかつてほどの独立性は薄れていった。

wiki

こんなぼろくそに言われる総裁(首相)ってつらいよなあ・・・。大日本帝国憲法下の首相と軍部(統帥権の独立)の関係みたいです。 税制決定権が独立してるんだから。

そういう意味で、よく考えられた組織機構図だ と感心した次第。ただ平常時はまだしも、緊急時(国会で半数割れした党)の機構として、これで大丈夫なんか?とは思います。まあ、僕は自民党支持者じゃないから、そこはどうでもいいけど。

にしても、自民党が国会で多数を占めていた時代ならいざ知らず、今のご時世で幹事長に苦言を呈するって、時流が見えてないのかな という気もします。いかに税制のプロだとしても、その判断は専門職(税務)の視点・立場にすぎません。

幹事長は企業全体の意思決定や管理・監督業務をする「専務」だと例えましたが、まあ専門職とは違う、もっと広い視点で判断を下していることに間違いはないでしょう。だとすれば、組織としてはその判断の方を重んじ、黙っているのが組織人の務めのような気もしますけれど。 

 与党過半数割れの下、かつて首相官邸も口出しできない「聖域」とされた自民税調の衰退ぶりは顕著だ。宮沢氏は記者団に「釈然としない感じは正直言ってある」と不満をあらわにした。「悔しいが仕方ない。これが少数与党だ」。自民幹部はあきらめ顔で語った。

補正予算、ぎりぎりで妥協成立 「少数与党」最初の関門―政権運営の厳しさ浮き彫り

ま、考えてみると、政党って独立企業経営者(政治家)の集まりなので、会社に例えるのはうまくない のかもしれませんが。

そのあたりの組織学は、ハーバード大の行政大学院なんかでは、どのように教えているのでしょうね。経営大学院とかじゃないと教えないかな?

大蔵官僚として
1974年、東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業して、大蔵省に入省。1978年、米国ハーバード大学行政大学院を修了(行政学修士(MPA:Master in Public Administration)取得)

wiki 宮沢洋一