近江 坂本散歩①(街歩き)

以前、比叡山横断旅で通った、坂本を再訪しました。

坂本はかつて、比叡山の物資調達を支える商業都市であり、比叡山でのお勤めを引退した高僧が隠居暮らしをしたハイソな街であり、石垣積みの職人集団である穴太衆の故郷でした。明智光秀の居城があった場所でもあります。

坂本は大津市北部にある地域である。日吉大社参道の両側には比叡山の隠居した僧侶が住む里坊が並び、穴太衆積み(穴太積みとも)と呼ばれる石垣が街路を形成している。戦国時代には三好長慶に敗れた室町幕府12代将軍足利義晴・13代将軍足利義輝と細川晴元らが都落ちしてこの地に逃れ(後に朽木村へ移動)、安土桃山時代には明智光秀により坂本城が築城されたが、本能寺の変や続く山崎の戦い後に明智秀満が城に火を放った。

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京阪電車・石山坂本線の坂本比叡山口駅を降りると、さっそく駅の右手に、史跡があります。日吉茶園です。

解説看板によれば、 最澄(比叡山開祖・伝教大師)が中国の天台山から茶の種を持ち帰りここに植えられたとのことで、わが国最古の茶園と称されているそうです。 前来た時には気が付かなかったよ・・・。あ、そういえば、最澄はここ坂本の出身。出生地とされる場所に生源寺というお寺もあります。

もう昼です。お昼は駅近くの『鶴㐂そば』。創業1716年・・・ そばもおいしいけど、店構えがすごい。

近江結味(おうみむすび)そば。 たれを麺にかけてお食べください と言われたんだが、自分としては、普通にざるそばみたいに食べた方がおいしかったよう。ま、まあ好きに喰えばいいでしょ。

値段的に安くはないけど(そばって高いよね)、「有名店プレミアム」が乗ってるとは感じませんでした。値段相応でおすすめできる味かと。

食べてないのでわかりませんが、お隣の日吉そばさんもよさそうです。google mapの口コミを見ると、コスパならこっちですね。建物も風情あります。

追記。司馬遼太郎「街道をゆく」の16巻 「叡山の諸道」にこの2軒のお店のことが書かれています。鶴㐂と間違えて日吉そばに入ってしまい・・・。興味ある方は読んでみてください。味についての言及はない・・・と思うのですが、そのあたり晦渋な文書で真意が読み取れません。彼は分かりやすい文章を書くことに特徴があると思うのだけれど、ここはさて、どう解釈すればいいのか・・・

昼食後、もう一か所駅近で立ち寄り(勝手に見に)ます。栗田建設さんです。

ここ坂本の石垣を積んだ職人集団を穴太衆というのですが、その穴太衆の流れが現代まで脈々と受け継がれているのが、栗田建設さんなのです。 wikiにも書かれてます。

穴太衆は、近江の比叡山山麓にある穴太(穴太ノ里[あのうのさと])などとも俗称。現在の滋賀県大津市坂本穴太。延暦寺と日吉大社の門前町・坂本の近郊)の出身で、古墳築造などを行っていた石工の末裔であるという。寺院の石工を任されていたが、高い技術を買われて、安土城の石垣を施工したことで、織田信長や豊臣秀吉らによって城郭の石垣構築にも携わるようになった。それ以降は・・・

粟田家
江戸時代初期の阿波屋喜兵衛が祖で、会社組織として存続している。1964年(昭和39年)に十三代目が粟田建設を商号とし、1972年(昭和47年)に有限会社化と十四代目継承、2005年(平成17年)に株式会社化。2017年(平成29年)時点では、粟田純徳(すみのり)社長が「第十五代目穴太衆頭」として活動を行っている。

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建物自体は、普通の小さめの建設会社家屋に見えましたが、出ている看板が違います。

美しい穴太衆の石垣ですが、これは技術的には何がすごいのでしょうか?

僕が説明するより、地盤のプロがこのネタでブログ記事を書かれているので、そちらをお読みください。栗田建設さんのHPに書かれた穴太積みの解説をまとめ、さらに読みやすくしてくれています。

宅造法の技術基準で、石積擁壁は5m以下で練積みとし、3平米に1箇所の水抜穴を入れることとなっています。


建築紛争になると、石積擁壁が5m超だから危ない、空積みだから危ないなどという人がいます。もしそれが本当なら、姫路城などの20m以上あろうかという空積みの石垣の上に観光客を入れているのは、傷害未遂・殺人未遂に問われてもおかしくないことになります。

でもそんなことありませんよね。何かが違っているんです。

知り合いの永井さんが、自宅の近所ですごい石垣が創られているということで写真をアップしてくれました。


石には「第15代穴太衆頭 粟田純徳」と刻まれています。かっこいい~!・・・

穴太衆(あのうしゅう)積は美しい

閑話休題。

坂本というと、つい山麓の「日吉大社」「滋賀院門跡」「旧竹林院」などの有名どころが思い浮かびます。もちろんそれはそれで素晴らしいのですが、 メインの通りから、一歩横道にそれた横小路(大将軍神社の通り)なんかも街歩きが楽しめると思います。町家とその先の寺院街の石垣通りなど。

町家群。左側の町家にズームを当ててみると・・・

 ばったん床几。ふだんはこのように収納しておいて、腰を掛けたり(商談とか?)するときに倒して座れるようにします。元は陳列棚だったので、そういう使い方としても使われていたのかも。

格子窓に犬矢来  犬が家におしっこかけないように設置された?という説もありますが、この場合は格子出窓の下の空間塞ぎと、道路と家屋をゆるやかに区切るような役割をしているのかな。 これじゃ雪の重みには耐えられないですよね・・・

隣家境の処理。たぶん、水路中央が境界だと思いますけど、こういう風なしつらえができたら、連坦した家屋に連続性ができて、街並み的にはいい感じだよね って見てました。もっとも、隣も同じような建物でないとデザインとしては成立しないので、いろんな形状や色の家が並ぶ現代の住宅街への応用は難しいかもしれないのだけれど。 

このあたりに、最近の日本の住宅街があんまり美しくないよな って感じる要因の一つがあるのかもなんて思ったり。

寺院地区の石垣通り。統一感があっていい感じですよね。

 これらの寺院は昔の里坊(僧の隠居所)だったと思うんですけど、現代ではどうやって生計を立ててるんでしょう?成り立ちから考えて、檀家(お墓)がたくさんある とも思えないのですが・・・。こういう景観は残るといいなあ と思いつつ、そういう方面の持続可能性まで考えると、なかなか難しいところもあるよね とか思ったりして。

本宮山、砥鹿神社そして山岡家ラーメン

何の関連があるタイトルかと思われるでしょうが、今日の僕の行動履歴です(笑)。

ようやく杉花粉が落ち着き、目のかゆみと鼻のむずむずから解放されました。 せっかくあったかくなってきても、休日は花粉を避けるため家に引きこもりの日々(いや、別になんの不満もないのだが)。 でもモヤシにならないよう、今日は山登りに行ってみましょ!

選んだのが、 本宮山

東三河のシンボル的存在である本宮山は、山上に砥鹿神社(とがじんじゃ)奥宮が鎮座され、昔から人々の信仰対象として親しまれてきました。均整のとれた姿が美しく「三河富士」とも呼ばれています。 山頂や登山道からは、三河湾や三河の山々、天気が良ければ遠く南アルプスなど、素晴らしい眺めが楽しめます。

YAMA HACK

愛知県内では人気のある山です。標高は789mで、登山口の標高が100m程度、上りごたえのある山ですね。 そして、登山口の近くに温泉「本宮の湯」があるのも評価の高い所以でしょう。 料金も620円とお得ですし。

この山は砥鹿神社の御神体でもあり、山上には奥宮があるのです。んで、砥鹿神社ゆうのは、三河国の一宮なのです。 でも実は行ったことなくて(灯台元暮し)。

砥鹿神社は本宮山に千三百年以上前から鎮まる神を祀る奥宮と、里にて祀る里宮とで二所一体の崇敬を集める神社。また三河国内の筆頭神社一之宮です。

砥鹿神社

まずは登山口となる、豊川市ウォーキングセンターへ。 ついたのは8時20分ころです。平日ですし、この時間なら駐車場は十分空きがありました(昼頃下山したらほぼ満車)。センターはまだ空いていませんが、トイレは使えました。 トイレ洗面台のところに手作りの本宮山登山マップが置かれていました。親切ですねえ。

豊川市 ウォーキングセンター駐車場 2023.3.30 AM8:30

8時半、登山開始。 登山口からして神域という感じですな。

人気ある登山道だし、ウォーキングセンターが設置されているだけあって、道は大変良く整備されています。迷うところもほとんどありません。 道標も整備されており、50丁まで上ると、神社奥宮に至る仕掛けでございます。

石段あり、丸太階段あり、岩場あり。 緩やかな尾根道もありますけど、なかなかハードでした~。

最後に長く続く鬼階段(泣)を登り切れば、砥鹿神社奥宮に出ます。

神社の裏側に出ますと、そちらは大規模に開発されておりまして・・・

本宮スカイラインの終着点なのでしょうがないですけど、登山者的にはやる気が削がれるといいますか・・・頂上はもうちょっと上ですけど、奥宮で引き返すくらいでちょうどいいのかなあ って思いました。 (代わりに、奥宮には自販機があって、市価価格で冷たい飲み物を売ってたけどね)

平地に突き出した単独峰ということで、電波アンテナが乱立しております。芝生広場もありこちらも開発済。まあ、木を切ってあるおかげで三河湾が望めますな。

写真には写っておりませんが、後で調べたら頂上には三角点があるようで、それも一等三角点だそう。写真撮ってこればよかったなあ。なんかコンクリートの台みたいなのがあったんだけど、あれかな?  →僕が見たのは「天測点の観測台」だったみたいです。

だいたい、僕の足で2時間くらいの道のりでした。まだ10時半なんですけど昼食。

知人から、手作りの竹製弁当箱(おにぎりケース)をもらいまして、これを使うのが今回の登山の目的の一つでもあります。うん、通気性がいいからおにぎりが旨い・・・かな・・・。ラップで包んだ時より、巻いた海苔の湿気は少ないけど・・・えーん、俺には味の違いはよーわかりませーん。一つ、比較対象をもってこれば良かった。(せっかく頂いたのに、すいません・・・) 

米粒が竹に引っ付くと取るの大変だったですけど、こういうのでおにぎり持参なんてかっこいいじゃありませんか! 

家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る 有間皇子 

家にいたなら食器に盛る飯なのに、草を枕とする旅の身なので、椎の葉に盛る。

万葉百科

うん?ちょっと違うか。

さくっと下山しましたが、さすが人気の山、次々と人が上ってくるです。 おそろいの恰好した若人が上ってきたので「学校行事?」と聞くと「新入社員研修の一環です!」とのこと。 趣味じゃない登山。しかもまだ年度替わり前なのに、もう社員研修って・・・やっぱ社会に出るって厳しいね・・・

混雑した本宮の湯で汗を流しました。(汗を流せたのはよかったんだけど・・・おいジジイ、湯船の中で角質取りしてんじゃねえ!そんな奴今すぐ逝っちまえ!まったく不愉快。施設のせいじゃないのだけど)

気を取り直して砥鹿神社の里宮に寄りました。 ナビ君いわく、寄り道4kmほどだそうです。

まあ、あんまり見どころはない・・・かな。  自称「日本一大きいさざれ石」がありました。有名神社行くと、結構あちこちでさざれ石を見ますが、そのへん掘ったらわりと出てくるものなのかなあ?それともどこかで取れたのをわざわざ購入するのかな?

さざれ石は、もともと小さな石の意味であるが、長い年月をかけて小石の欠片の隙間を炭酸カルシウム(CaCO3)や水酸化鉄が埋めることによって、1つの大きな岩の塊に変化した「石灰質角礫岩」を、日本の国歌である「君が代」の歌詞にある巌(いわお)であるとして、この岩を指してさざれ石と呼ぶことも少なくない。
日本では、滋賀県・岐阜県境の伊吹山東麓が主要産地である。
各地のさざれ石

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帰りの国道1号線沿いで、ラーメン山岡家を見つけて、懐かしくなり二度目の昼食(1330)を取りました。

大学時代の夜通し飲み会(つくばEXPRESS開業前のつくばでは、学生はみんな大学周辺に下宿してたから、そういう自堕落な飲み会が多かったのである。ま、当時飲むのはあまり好きじゃなかった僕はたいてい寝てた)で朝を迎えると、牛久にあった山岡ラーメン食べに行ってお開きが通例で・・・あれは旨かったねえ。 ・・・遠い目

今は、コメダ珈琲と提携してチェーン店運営してるんだね~。

1988年(昭和63年)9月 – ラーメン山岡1号店を茨城県牛久市に開店。

2012年(平成24年)7月 – コメダ珈琲店を運営するコメダ株式会社とフランチャイズ契約を締結。

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えーっと、こういうラーメンでしたっけ? うーん、ギトギトしか覚えてなす・・・ 

ラーメン単品じゃおっさんにはつらいかとランチセットのライスもオーダーしたんだけど、ライス(白米)は丼ものと違って「ミニ」じゃない・・・。サービスはうれしいんじゃがのぉ。わし既におにぎり三個食べたんじゃ。ま、温泉でソフトクリーム舐めなくて良かったがの・・

ふと見ると隣の白髪親父(僕より年上)は、ミニチャーシュー丼にギョーザのセットを元気いっぱい頬張ってら・・・負けるわけにはいかねど・・・と、余裕で(嘘)完食。チャーシュー少なくてよかったよ。マジで。 

てか、13時半に入店して、駐車場満車ってどーいうこと? 量は問題ないと思うけれど、そこまでおいしいかな(個人の感想です)・・・時間帯だけに年配者も多いのだけれど、皆さん健啖家ですなあ。

いい山でしたが、久しぶりに山登りしたらすっかりくたびれちゃいました。それに、なんということでしょう。履きなれた登山靴なのに足に靴連れが。あんまり引きこもりばかりで、足のサイズ変わったかな・・・何とか対策せねば・・・