ダムって台風前に空にできないの?

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「台風予測ってそれなりに正確になってきてるんだけど、ダムって降り出す数日前に放流し空っぽにして、水害に備えることはできないの?」って質問を頂きました。 ありがとうございます。  こうすることができれば、ダムの貯留機能を最大限発揮でき、防災としては一番いいですね。 

実は、こういう運用をしているダムもあるのです。それは「治水ダム」という治水専用のダムの場合です。

例えば、日本最大の治水ダムである新潟県の加治川治水ダム(堤高106.5m)の場合・・・

加治川治水ダムは洪水調節用ダムとして機能を発揮しますが、通常時はからっぽの状態です。特にメンテナンスなどの目的がなければ、洪水調節以外にダムで水を溜めることはなく、ダムに流れてくる水はそのまま川へ放流されます。

(記載はありませんが、操作規則によると洪水時は、流入量が150m3/sを超えたら、下流に毎秒150m3/sを放流するようです)

加治川治水ダムのご案内

と言うことで、治水ダムは台風の直前のみならず、普段からダム湖が「からっぽ※1」なのです。ただし、ダム全体で見ると、治水専用の「治水ダム」って少数派です。

日本にあるダムの多数を占めるのは「多目的ダム」という種類のダムです。ダムが多く建設されたのは戦後の高度成長時代です。もちろん治水は大事なんだけど、人口増加に伴う水需要の増大、高度経済成長に伴う工業用水の必要性の高まりや電力需要(水力発電)の高まりとかいろいろな水需要がありました。さらに日本は貧乏国でしたから、出来るだけ安価にダムを造る必要もあったのです。

そこで・・・知恵者が思いつきました。「そうだ!どうせダムは水を貯めるんだから、ダムに貯めた水の容量を、治水容量と利水容量に分けて運用し、多目的に有効利用すればいいじゃないか!そうすればただ放流するだけでなく、水の有効利用ができる。さらに利用者負担の原則として水利用者に建設と維持の予算を払ってもらえる!」

利点として、ダムを安く造ることができます。 治水を司る河川管理者(国や都道府県)だけでなく、「まとまった水を開発するけど、買いませんか?」という話にのってきた利水者(例:農業用水(かんがい、水利組合)、工業用水(県とか)、水道用水(市とか)、発電用水(電力会社)も予算を出してくれるので。ってことで、各地でダムの建設が進みました。

一方欠点として、容量管理が複雑になること(上図は「特定多目的ダム法」適用第1号となった長野県の美和ダムの容量配分図です)。さらに利水容量を侵して台風前にダムをからっぽにして、洪水に備えるという操作は困難になります。

治水をする立場から見れば洪水時の水は危険な邪魔者です。でも利水者から見ればそれは渇水期に備えるための貴重な財産なのです。しかも建設費と維持費という対価を払った正当な財産ですから、流域の治水のためと言われても、おいそれとは手放せません。(それでも治水で必要だって言うなら、余分な量を買い取ってもらったり、使っても速やかに戻してくれるなら、相談にはのれますけど・・・)

とは言え、治水を担う河川管理者(ダム管理者)としては、既存の施設を使って災害に備えなきゃいけません。事前に極力水位を下げておくことが有効ってことは、素人でも分かるしなあ。で、治水の親玉はこう言います。

ダムの施設能力を最大限発揮させるよう、洪水データの蓄積や流入予測精度の向上等を踏まえ、事前放流操作・・・に係る操作規則について適宜点検を実施し・・・

※事前放流操作とは 利水者の協力のもと、利水に影響を与えない範囲でその容量を事前に放流して、流水調整のために一時的に活用する操作のこと

平成30年3月 ダム再生ガイドライン 国土交通省

ダム管理者は、利水者と協力して極力水位を下げるようにせよ。ただし、利水に影響を与えない範囲で 一時的に活用すること。

一次的にってことなので、買い取りとか予算が必要になることは考えておらず、 事前に水位を下げても、洪水ピーク後の流入によって速やかに戻る場合を想定してるんでしょう。それが前文の「流入予測精度の向上等を踏まえ」に繋がっているんだと思います。

つまり、 流入予測に自信があり、事前放流した利水者の水を補填する自信があれば、積極的に事前放流して災害に備えなさい。その相談もしておきなさい。(ただし失敗しても補償する金はないよ)  と言ってます。理屈はいいとして現実問題としては、失敗してもフォローしてくれない状態ですから、事前放流が実施できるかは、 流入量予測の精度にかかってくるわけです。

僕は残念ながら、現状において、流入量予測の精度はとても信頼できる精度には達していないと思っています※2。その点について先のガイドラインには直接の言及はありませんが、こういう記述はありました。

(治水機能の向上に向けた連携操作)
洪水時の連携操作は、様々な洪水に対し、最適な洪水調節を行い下流域の洪水被害を最小限に止めることを期待するものであるが、現在の流入予測精度では、ダムの操作ルールを固定しない適応化操作方式による洪水調整は実用の域には達していない。

ダム再生ガイドライン

連携操作って、同流域に複数のダムがある場合、下流域の洪水被害を最小限にする適宜操作をしよう って発想なんですけど、それに必要な流入予測精度は得られていない と書かれています。 

もし現状一つ一つのダムで、事前放流を実施できるだけの流入予測精度が確保できているとすれば、連携操作も可能だと思うんですけど、それとあれは違うのかな?

うーん。普通に考えると、ダム管理者としてもちろん下流の被害を最小限にするダム運用はしたいんだけど、流入量予測の精度はそんなに高くないし、仮に予測を外した場合、利水者の容量(財産)を犯すリスクを背負ってまで、事前放流は決断できない って思うなあ。  

災害時の避難指示「空振り恐れずに」 自治体向け新指針
2014/4/8付
内閣府は8日、災害時に市町村が避難勧告や指示を出す際の目安となる新指針を決定した。地震発生後に津波警報・注意報が出された場合は直ちに避難指示を発令するなど、早めの対応を徹底するよう求めている。避難指示や勧告は、結果的に災害が発生しない「空振り」を恐れずに出すべきだとも指摘した。

日経新聞

最近では、災害時の避難指示は「空振り恐れずに」と言われるようになってきています。ちょっと乱発しすぎじゃね?って思うくらい(笑)。オオカミ少年にならないよう検証とフィードバックが必要だと思うんだけど(それこそ「水に流す」ではまずいと思うんだ)、 それ以上に

「防災の行動をした結果、第三者の財産を侵食し、補償が発生してしまう場合の対応」については、あんまり議論がされていないように思います。

こういう不確実な予測をもとに適宜処置を行った場合、残念ながら失敗がつきものです。だから事前に検証法や処置を考え、「ともかくやってみて修正していく」ことが必要になるんです(順応的管理)。

こういうのは「検討しなさい」と現場任せにせず、上が「外れても責任取るから思いっきりやれ」と言わない限り、実現困難ではないかと思います。ってことで「前提条件が整わないので、現状では多目的ダムの事前放流は難しいんじゃね」と言うのが僕の結論です。

※1「からっぽ」と言うのは誤解を招く言い方かもしれません。 加治川治水ダムのダム湖を実際見に行くと、たぶんダム湖には水があるでしょう。

上流側からは他のダムでは見れない景色が広がりますの画像
加治川治水ダムのご案内 より

ダム湖の貯水容量には、あらかじめ「堆砂容量」と言う容量が設けられていて、そこに入った水が溜まっていると思います。

川の水は常に砂を含んで流れてきます。特に洪水時は大量の土砂を含んだ濁水がダム湖に流入し、ダム湖に沈殿します。その量を予測し一定期間(標準的には100年分) の流入土砂量を 「 堆砂容量」として空けておくのです。 平常時に大量の土砂交じりの水が下流に流れると大変なので、下流へ水を流す放水菅はこの堆砂容量の上についており(例外もあり)ダム操作により自由に放流できる容量にはなっていません。 だからダム運用する人の頭の中では、この容量は「使用できない(Dead)容量」として計算に入ってないのです。だから水があるのに「からっぽ」という表現になったのかと。 

ダムの有効貯水容量=ダムの総貯水容量から堆砂容量と死水容量を除いた容量。

※2 この予測が難しいのは、2つの要素があると思います。

一つ目は、どれだけ雨が降るかという降雨予測です。ダムの降水域はその立地上、山岳地帯にあることが多く、都市(平地)の予測をする気象庁の予測より困難な予測を強いられるわけです。雨量観測所は〇km2に一カ所ですが、一つ山を越えたら、あるいは斜面の向きによっても降雨量が変わってきます。予測範囲を細かく分割することで、その精度は挙がるかもしれませんが、予算的、時間的になかなかそれも難しい。そもそも気象庁の降雨予測だって、最近の予測を見ていると、まだまだ十分に精度が高いとは言えません。

二つ目に、ダム操作に本当に必要なデータは、「降雨予測」ではなく、ダム湖にどれだけの水が流れ込んでくるかという、「流入量予測」だということです。山や流域に降った雨はそのまま川に流れ込むものもありますが、山の斜面に沁み込み、遅れを伴って流出してくるのです。ここのモデル化は、現状では「ほぼブラックボックス」状態で、よく分かりません。

例えば、ずーっと晴れの日が続いたら、山はかなりの水を吸収してしまい、川にはあんまり水を出さないでしょう。出て来るにしてもかなりの時間がかかるでしょう。一方、雨などの影響で山の土壌がかなりの水分を含んでいたら、降った雨の多くはすぐさま流出してくるでしょう。

さらに、山には木が生えています。そして木の枝や倒木が地面に蓄積し、スポンジのようになっている場合、上記の機能はさらに増幅されます。(これが「緑のダム」機能と表現されるものです。)

問題は、この機能の定量化(ある前提条件の場合に、ある降雨があったら、Xという量の水が河川に流入するという関係)が非常に難しいということ。多分現在の科学技術水準では困難です。 むろん、よく似た洪水の時の降雨で、どれだけの水が河川に流れ込んだか というデータを参考に関係式を造って使い、場合によっては「AIと称するもの」を組み込んだ予測も見たことありますが、今のところ精度はうーん。って感じ。

てなことで「予測システムの更新、精度向上を図ることで、ダム操作をより適切なものにする」という方向性は正しいし、それにむけ努力はするべきなんですけど、「予測した降雨」を元に「流入予測」を行うという二重予測であること、さらに後者の予測は前者より困難と考えられることから、「かなり無理ゲーじゃね?」 ってのが僕の印象です。

投稿者:

モト

元河川技術者、現在は里山保全の仕事をしているおっさんです。西尾市在住の本好き歴史オタク。

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