利根川を事例に、治水の検証を

「八ッ場ダムが首都圏を救った」「利根川が氾濫しなくて済んだ」という礼賛がSNSで拡散されていたそうです。

確かに、今回八ッ場ダムはその能力を最大限発揮して、利根川中流部(基準点栗橋地点)で17㎝程度の水位低下をしたようです。

八ツ場ダムの洪水位低下効果は利根川中流部で17㎝程度
本洪水では栗橋地点の最大流量はどれ位だったのか。栗橋地点の最近8年間の水位流量データから水位流量関係式をつくり、それを使って今回の最高水位9.67mから今回の最大流量を推測すると、約11,700㎥/秒となる。八ツ場ダムによる最大流量削減率を3%として、この流量を97%で割ると、12,060㎥/秒になる。八ツ場ダムの効果がなければ、この程度の最大流量になっていたことになる。

 この流量に対応する水位を上記の水位流量関係式から求めると、9.84mである。実績の9.67mより17㎝高くなるが、さほど大きな数字ではない。八ツ場ダムがなくても堤防高と洪水最高水位の差は2m以上あったことになる。したがって、本洪水で八ツ場ダムがなく、水位が上がったとしても、利根川中流部が氾濫する状況ではなかったのである

八ツ場ダムは本当に利根川の氾濫を防いだのか?

この方は「八ッ場ダムの必要性は失われている」という立場なので、 水位低下17㎝はさほど大きな数字ではない。 と結論づけられています。ですが、17cm水位を下げたという数値は、ダムとしては肯定的に評価すべき値だと思います。

ただし、今回の事例は一回限りの特例です。八ッ場ダムは「10月2日から試験湛水中※」だったため、その容量のほぼすべてを治水用に使い、十分に水を貯めることができたからです。

八ッ場ダム工事事務所 報道資料より

今回八ッ場ダムはよく頑張ったんだけど、完成後は「多目的ダム」として運用されるので、今回のようにダム容量すべてを治水として使い洪水を貯める運用は基本的にはできなくなります。(その困難さについては、前の記事に書いたので、よろしければどーぞ。)下手をすれば「洪水時防災操作」を行い、今頃SNS上が非難ごうごうだった事態になっていた可能性もあったくらいです。

だから、少なくとも治水機能については、今回の事象をもって八ッ場ダムの必要性/不要性を議論するのは早計だと思います。僕は最初に引用した「八ツ場ダムは本当に利根川の氾濫を防いだのか?」という記事の結論について、現段階で同意するものではありませんが、この記事の中で同意できる部分もあります。それは「八ツ場ダムの小さな治水効果を期待するよりも、河床掘削を適宜行って河床面の維持に努めることの方がはるかに重要である。」の後半部分について。

ダムによる治水は、雨がそのダムの上流域に集中すればかなりの効果を発揮しますが、そこを外れると効果は小さくなってしまいます。でも「河床掘削を適宜行って河床面の維持に努める」ことは、それより上流域に降ったどんな降雨に対しても効果を発揮するからです。ダムより先行させるべきだったかは分かりませんが、少なくともこれからはせっせとそれを実施し、ダム運用と併用させるべきでしょう。

もっとも、 「河床掘削を適宜行って河床面の維持に努める」と、その地点の治水安全度は向上するのですが(その地点を時間当たりに流せる水量が増加する)、それより下流の治水安全度は現状のままだと下がります(上流から、以前より多くの水量が流れて来るため。)つまり全体的にやらないと効果がない。

よく報道などで「地元がさんざん河床掘削や堤防強化を要望しているのに、河川管理者はちっともそその要求に答えてくれず、今回被害を受けてしまった・・・」って聞く台詞ですが、こういう背景もあるのかもしれません。

治水の原則として、上流の治水安全度をあげるためには、その地点より下流の治水安全度が、少なくとも現状より下がらない(水量が増加しても、十分な安全度が確保されている)状態にあること・・・を守る必要があります。でないと危険ポイントを下流へ付け回すことに終わってしまうから・・・この課題をクリアできずある地点の対策に入れないことも多いんですよね。河川関係者が「治水事業は下流から粛々とやってまいります」と何とかの一つ覚えで言うのは、この辺りの理由もあります(それを免罪符にしてたらいけませんけど)。

千曲川の破堤地点はまさにその渦中にあったところではなかったかと。破堤地点の堤防強化は済んでいたけど、下流部の流下能力が低かったので起こった破堤だったように思います。

本来の順序で言えば、下流部の流下能力をあげてから、上流部の堤防強化を図るべき なんですけど、地形的あるいは予算的な問題、あるいは用地交渉が必要なので、下流部の流下能力増強ができていない(あるいは技術的にできない規模なのかも)状態でも、下流部に悪影響を及ぼすことがなければ、施工順序を変えて先に堤防強化から実施し、その間に下流部の流下能力増強対策を急ぐということはあり得る話です(相対的にその地点の安全度は向上するし、トータルの整備期間が短縮できるから)

にしても、日本の河川の内陸部は、あのような川幅が急縮する箇所を多数抱えています。なので、そのすべてに順位付けをして、人口集中度とかを加味して順次対策をしていく・・・同じような地点を捨て置くわけにもいかない・・・のは、もちろん安全確保のためそうすべき・・・ですが、 これから右肩下りの我が国の国力で、果たしてできるものなんでしょうか? ( 理想ではなく現実問題として実現可能な解なのか。。。)

利根川は、我が国を代表する河川ですし、八ッ場ダム程度のダム適地はもう残っていないはずです。だからこの河川を代表例に、持続可能な治水、流行りの言葉を使うならSustainable Flood control GoalS (SFGS?)としてどんな手法があるのか、ここから考えてみることがひつようなのかもしれません。うーん。

※試験湛水は、船でいう「進水式」みたいなものです。船は陸上で造って、進水式ではじめて水に浮かべます。それから漏水がないか確認したり性能試験をします。それと同じで、八ッ場ダムは10月1日からダム湖に水を貯め始め、 3~4ヶ月かけてダム湖を満水にしてダムの変動や漏水がないか確認し、必要に応じて手直しをする作業中でした。

投稿者:

モト

元河川技術者、現在は里山保全の仕事をしているおっさんです。西尾市在住の本好き歴史オタク。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください