いやあ、久々に「読ませる記事」でした。中日新聞の7回連載の記事です。 非常に長くなるんだけど、とても興味深いので、まず第一回記事の冒頭を引用します。
それは昨年二月九日、地震調査委員会が、南海トラフ地震が三十年以内に発生する確率を「70%程度」から「70~80%」に変更したことを発表する、数日前のことだった。取材で「80%」の情報を発表前にキャッチし、「いよいよ東海地方に大地震が迫っている」と直感した私の頭の中では「防災対策は十分か」「地震が起きた場合の被害予測は」など、さまざまなニュースの切り口が駆け巡った。
まずは専門的な観点の分析が必要と考え、名古屋大の鷺谷威教授に電話した。もちろん、防災のために警鐘を鳴らすコメントが返ってくると想定して。しかし、教授の反応は「個人的には非常にミスリーディング(誘導を誤っている)だと思っている」という意外な言葉から始まった。
「80%という数字を出せば、次の地震が南海トラフ地震だと考え、防災対策もそこに焦点が絞られる。実際の危険度が数値通りならいいが、そうではない。まったくの誤解なんです。数値は危機感をあおるだけ。問題だと私は思う」
誤解? 問題? 予想外の言葉に頭が混乱した。要領を得ない私に鷺谷教授はさらに驚くことを言った。
「南海トラフの数値が高くなるのは、南海トラフだけ特別扱いになっているから。水増しをしているんですよ。ある部分だけえこひいきされ、そこには意図が隠れているんです」
水増し? えこひいき? 意図が隠れている? 想定外のコメントの数々が、ますます頭を混乱させた。80%の数値に何かからくりがあるのであれば、それを知っておく必要がある。
「南海トラフだけ、予測の数値を出す方法が違う。あれを科学と言ってはいけない。地震学者たちは『信頼できない』と考えている。他の地域と同じ方法にすれば20%程度にまで落ちる。同じ方法にするべきだという声は地震学者の中では多いが、防災対策をする人たちが、今さら数字を下げるのはけしからん、と主張している」
南海トラフ80%の内幕(1)研究者の告発 小沢慧一(社会部)
(今のところリンク先で(7)まで全部読めるみたいだから、是非読んでみてください。)
常識的に考えると、「小さい地震は多数発生するが、大地震はまれにしか発生しない(グーテンベルグ・リヒター則)」のだから、南海トラフ地震が 三十年以内に発生する確率が「70%程度」から「70~80%」に 上がること、と言うより南海トラフ地震 だけ突出して高い確率であることはおかしいです。一方で僕は防災を担う人たちの、「破局的な地震なんだから、ある程度数値を大きく見せて大げさに騒ぐことも必要なの」という意見も、科学としてはどうかとは思うけれど、実務を担う場合、少なくとも意図は理解できます(賛成はできないけど)。
南海トラフ地震にだけ高確率が出る時間予測モデルを使うことへの反対は二〇一二年十一月、地震調査委の中にある専門家会議の一つで、原案を作る海溝型分科会で噴出。いったんは、他の地震と確率の算出方法を統一した結果の「8~20%」と、従来の高い確率とを両論併記する案で固まった。その後、政策委側の委員会に地震調査委側の委員が出席し「防災意識の低下や数値の変動による混乱のおそれがある」とデメリットを補足した上で提案。しかし、政策委側の猛反発を受けることになった。その中で「われわれ防災行政を預かっている者」というある委員の発言が目に留まった。
「南海トラフは備えを急がなければならない。(防災の)理解を得るためには発生確率が高い(方がいい)ということ。下げると『税金を優先的に投入して対策を練る必要はない』『優先順位はもっと下げてもいい』と集中砲火を浴びる」同一人物とみられる委員はたたみかけるように、こう訴えた。
「何かを動かすというときにはまずお金を取らないと動かないんです。これを必死でやっているところに、こんな(確率を下げる)ことを言われちゃったら根底から覆る」
地震研究者たちからの提案は、防災学の側から激しい反発を受けることになってしまった。
(4)変更への反発 より
このような姑息な手段を取った場合、必ずそこには腐敗が起こります。「大げさに騒ぐことで、それ関連の予算が潤沢につくし、南海トラフ研究なら潤沢な予算配分されるけど、それ以外の地域の地震研究には予算配分されないとか、防災施設の建設の予算傾斜配分などの悪影響も出てくるんですよね。 その事実を知ったうえで、これが方便として有りなのか無しなのかを考えなきゃいけない。
そこで僕が一番問題だと思ったのは、いろんな議論(暴論?)の上にこの情報の公表があった という事実が隠蔽されかかっていたこと。
ふと、電話を切る間際に、鷺谷教授がつぶやいた言葉を思い出した。
「そのあたりの経緯は全て、議事録に残されているんじゃないかな」
早速、文科省に情報公開請求し、議事録を入手することに。待つこと約一カ月。入手した議事録で、私は関係者たちの知られざる、しかし、驚くべき発言の数々を目にすることになった。
(1)研究者の告発
文部科学省は、議事録のすべてを最初から公開したわけではなかった。「税金を優先的に投入」「まず、お金を取らないと」。80%の確率を採用する決定打となったこれらの衝撃的な発言が記録された議事録は当初、文科省に開示を拒否された。それも「議事録はないので、公開できない」と担当者が伝えてきたのだ。結果的に公開されたのは、他の議事録の中に、このくだりの存在を暗示する発言を偶然見つけたからだ。
開示された膨大な量の議事録をしらみつぶしにあたっているとき、ある委員の「非常にナイーブな議論があった。地震調査委員会側への圧力と受けとめられないように議事録から消したのか」という発言に目が留まった。この質問に対し、事務局は「社会的影響が考えられるときは非公開となるのだが、資料請求があった場合には、出すこととなる」と回答していた。「当時は委員会で公開を約束していたのではないか」と気付いた私は、文科省にこの部分を示し、再度文書を請求した。
省内での検討のため、開示まで通常より一カ月長くかかったが、それでも部分的に「不開示」。文書で出てきた、一部を黒塗りにした理由に私はあぜんとした。
「このような情報が公になることで、国民や報道関係者等から問い合わせが殺到するなど、国の機関または地方公共団体が行う事務または事業の適切な遂行に支障を及ぼすおそれがある」
この理屈が通るなら、役所に不都合な情報は何も開示しないでいいことになるのではないか。
(7)実力不足の地震学
この国の場合、まだ該当の文書は「シュレッダーにかけたので存在しない。」って言われなかっただけ、まだましだったって思わざるをえないのかもなあ。
僕の経験だと、少なくとも数年前までの末端政府機関では「あるものは請求されたら出さなしょうがない。黒塗りが許されるのはホントに個人情報だけ」っいう運用が、普通だったと思うんだけど・・・少なくとも、もう少しまともな不開示の理由を考えると思うぜ(てか、こんな黒塗り理由、あり得ないだろ)
記事のとりまとめも秀逸でした。
◆低確率の地で続発
二〇一六年に熊本地震が起きた熊本県や一八年に地震が起きた北海道は発生前、南海トラフに比べて発生確率が低いことを「売り」にした企業誘致をしていた。いずれも被災後は改めたが、低確率を根拠に災害リスクが低いとPRしている自治体は他にもある。
同本部には、年間で約八十億円もの予算が配分され、その成果の看板施策がこの三十年確率と、各地の確率を日本地図に落とし込んだ「全国地震動予測地図」だが、同地図で低確率だった場所で地震が続発し、被害が出ている。
被災地に取材で出向くたび、被災者たちから「次は南海トラフだと思って対策していなかった」「不意打ち地震だ」という声を聞く。国と地震学者が正しく情報を出さない限り、この「誤解」が続き、被害は増大するだろう。
未来の地震を予測し、限られた財源を集中することは地震大国に住む日本人の夢だが、現時点の地震学で、正確な予測は不可能だ。
未来の予測ではなく、過去に地震が頻発している地域を紹介するぐらいにとどめ、どこでも地震が起こり得ることを正直に伝えた方がいいのではないか。少なくとも、南海トラフにおける三十年確率のあり方を一日も早く適正化することを求めたい。
なんつーか、そろそろこの国では、わが身を守るために「大本営発表」をそのまま信じるんじゃなく、自分で情報を吟味していかないとマジでやばくね?って思っちゃいました。