北海道・知床半島沖で26人が乗った観光船「KAZU I(カズワン)」が沈没した事故で、運輸安全委員会は15日、船前方のハッチと窓から浸水し、沈没した可能性が高いとする調査経過報告書を公表した。
ハッチと窓ガラスから浸水か 隔壁水密化なら防げた可能性―知床観光船事故・運輸安全委
船の前甲板に設けられたハッチが開いていたかもしれないとのこと。 素人でも、甲板のハッチが開いていると、そこから海水が入る可能性があることは分かりますよね。
閉めてなかった。忘れてた なんて船乗り失格。乗組員は何をしとった と思います。それに、ハッチの整備不良だった可能性もあるようで。ま、真相は分かりませんけど。
ハッチのふたと開口部をつなぐヒンジには、衝撃による破壊痕があったほか、ふたを固定するクリップ止め4カ所のうち2カ所が摩耗していた。また、死亡した豊田徳幸船長=事故当時(54)=が事故2日前に行われた救命訓練でハッチを閉めた際、船首側のクリップ2カ所が確実に固定できていないように見えたとの証言もあった。ただ、単純な閉め忘れの可能性も否定はできないという。
同上
そんな船、乗りたくない と思って読んでいましたが、もっと衝撃的だったのは次の記載でした。
ハッチから入った海水は、甲板下の隔壁の穴を通じてエンジンがある機関室に広がり、電子制御系の部品がショートした結果、エンジンが停止した。隔壁が水密構造になっていれば沈没は防ぐことができたという。
軍艦マニアの僕から見ると・・・船に設置された「隔壁」の役割は、水密構造により船をいくつかの区画に区分することです。その効果として、万一船に浸水が生じても、浸水を隔壁で区画された一区画にとどめ、船が沈没するのを防ぐこと。 つまり、安全装置の役割を果たしているのです。
てか、陸の人間にはそれが常識。
船舶用語では船体の内部をいくつかの区画に分ける仕切り壁をいう。タイタニック号沈没(1912)などの教訓から、主要な隔壁は浸水を一つの区画に局限するという明確な目的の下に設けられるようになった。そのほか船体構造の強化、防火壁としての延焼防止、貨物倉や水・油タンクの形成といった役割ももっている。また単なる仕切りのために設けられるものもあり、通常一つの隔壁でいくつもの役割を兼ねている。
隔壁とは コトバンク
ところが、その安全装置である隔壁に開口部があり、水密構造になっていなかった ってちょっと信じられない気持ちです。
カズワンの乗員は2名しかいないから、浸水したらそれを止める作業なんてできません。つまり、水密隔壁のない船で何かの事故で浸水が始まったら、いずれ船は沈むことを意味します。
そんな船、絶対乗りたくないですよね。でも、乗客は「その船の隔壁に穴が空いているか確認したうえ乗る」なんて技術的にも時間的にもできません。
だからこそ、定期的に船舶検査を受け、第三者の専門家が「この船は問題ありません」とお墨付きを与え、乗客は「専門家がそういうなら安全だ」と判断し乗船するという形が取られています。住宅建築とも似た仕組みです。(素人では、その建物に一定の耐震性能があるかどうかわからないので、行政や第三者機関による審査が行われます)
でも、カズワンはこの検査にパスしているのです。 つまり、隔壁に穴が空いていても、船舶検査上問題はなかったと。てか、検査の対象外だった。
これ、知床観光の他会社運行の船や、他地域で運行している観光船でどうなっているのか、マジで知りたい・・・僕は高くても、隔壁に穴の開いていない船に乗りたいです。だって安全性に格段の差があるもの。
なぜ隔壁に穴をあけるのか、そしていかなる理由でそれが船舶検査上それが許されるのでしょう?重ねて言いますが、これは安全に関わる重大事項なのです。
カズワンの甲板下部は、船首側から4区画に区切られ、前方の二つの区画は「船倉」として使用。3区画目はエンジンがある「機関室」で、最後尾は 舵かじ を動かす機械がある「 舵機だき 室」だった。
カズワン船内仕切る隔壁2か所に穴、「移動用」か幅数十センチ…国交省指摘で塞ぐ 読売新聞オンライン
国交省によると、昨年4月に「日本小型船舶検査機構」が実施した定期検査の際に、このうち船倉と機関室、機関室と舵機室を仕切る隔壁に、幅数十センチ程度の四角い穴が見つかった。移動のために開けたとみられる。
小型船舶安全規則では、カズワンのような港に近い水域を航行する小型船について、各区画を密閉することは義務付けていない。
ただ、機関室と隣の区画を結ぶと、機関室の広さ(容積)に応じて定められる消火設備も変更する必要があり、検査時に2か所の穴を塞ぐように指示した。
同省は、昨年6月の定期検査と、事故前の今年4月の中間検査では、指示通りに穴が塞がれていることが確認されたとしている。
国土交通省がカズワンと同じ航行区域を設定している全国の小型船舶について、「浸水拡大を防ぐ『水密隔壁』の設置は不要」として船舶検査を運用していることが3日、同省への取材で分かった。カズワンの隔壁には複数箇所に穴が開けられていたが、同省はこの運用に従い、一部の穴について検査で確認していなかった。
「水密隔壁」設置求めず 船内の穴、検査で一部未確認―知床観光船事故で国交省 JIJI.com 2022.6.4
カズワンの航行区域は、湾内と目的地を2時間で往復できる「二時間限定沿海」に分類される。小型船舶の設備要件を定めた安全規則は、この航行区域の船について、水密隔壁設置の要否を検査機関の運用に委ねている。
カズワンには、船首甲板下に1枚、船体中央にある機関室の前後に1枚ずつの計3枚の隔壁がある。運航会社「知床遊覧船」の関係者によると、全ての隔壁に船員が通るための80センチ四方の穴が開けられていた。
同省などによると、昨年の定期検査で、機関室前後の隔壁の穴については、機関室からの出火と延焼防止の観点からふさぐように指導した。一方、船首下の1枚は機関室と離れており、延焼防止と無関係のため確認をしなかったという。
斉藤鉄夫国交相は3日の閣議後の記者会見で、「法令上、水密構造の完全密閉は求められておらず、検査機関も確認していない」と説明。一方、安全規則に詳しい関係者は「規則は水密隔壁設置を否定しておらず、運用で設置を求めることができる。浸水の拡大を抑えるために必要だ」と話し、同省の運用を疑問視した。
狭い線内で完全な隔壁を設けると、他の区画へ移動するとき不便なのは確か。だから普段の船舶維持管理の利便性を考えると、安全性を犠牲にしても隔壁に穴を空けて直接移動できるようにしたい という要望まあ分かります。
だから現実問題として、「小型船舶安全規則では、カズワンのような港に近い水域を航行する小型船について、各区画を密閉することは義務付けていない」ということなのでしょう。
しかし、この考え方を一律に適用させることは明らかにおかしいでしょう。「港に近い水域を航行する」といっても、夏に波の穏やかな内湾を航行する船(港近くだから、いよいよの時は海に飛び込んでね!)と、冬に波の荒い外海(冬のオホーツク海とか、飛び込んだら確実に死ぬ!)を航行する船、一律「各区画を密閉することは義務付けていない」とか「検査機関の運用に委ねる」という運用で、安全が担保できるでしょうか?
また「港に近い水域を航行する」船であっても、プロが乗りこむ業務船(例えば漁船)なら、危険を承知の上で隔壁に穴を空けるのが許される(望ましくはないだろうけど)こともあるとしても、素人観光客を乗せる観光船が、利便性のため安全性を犠牲にして隔壁に穴を空けてもよい って、いかなる理由をもってしても正当化できないかと。
しかも皮肉な現実として、浸水防止のためではなく、防火壁として2か所の穴を塞ぐよう指導されたとな。そりゃ防火は大事だけど、浸水防止は船でもっとも大事なことだと思うんですけど、そこはスルーっすか、そうですか。
これ人災じゃねぇか と言いたくもなります。てか立法の不作為じゃないの?
検討委員会は、国交省に対し「小型旅客船の隔壁について水密化の検討」を求めたそうですが、当たり前の話だと思います。てか、今まで容認されていたのが恐ろしい。
報告書の公表に合わせ、運輸安全委は国土交通相に対し、小型旅客船のハッチが簡単に開かないか緊急点検することや、避難港の活用法について再確認することを求めた。船底の隔壁を水を通さない構造にするかどうかは航行区域に応じて省令で規定され、カズワンは義務ではなかったが、「小型旅客船の隔壁について水密化の検討」も求めた。
この事故を受け国交省は「救命いかだの購入補助」を政策化するようです。が、乗客の安全を考えるなら、「沈没したらどうするか」より「沈没しないため何ができるか(難沈没化)」を考えるべき。頭おかしいだろと思います。
国土交通省は本年度第2次補正予算案に、北海道・知床沖の観光船沈没事故を受けた安全対策として、改良型救命いかだの購入補助経費など35億円を計上する。令和5年度予算の概算要求に盛り込んでいたが、早期の取り組みが必要だと判断して前倒しする。
救命いかだの購入補助前倒しへ、知床観光船事故受け 国交省
船の用途により(観光船優先)隔壁にあけた穴には、後付けハッチを取り付け水密化に努めさせるとか。そのために補助金出すべきでしょう。船の大きさや構造にもよりますが、救命いかだを載せるのは次善策。
併せて安全規則を改定し、新造船は水密化できる隔壁(水密ハッチ)以外認めない というところまで踏み込むべきではないかと。
その役所によると、「日本は海洋国家」と誇るくらいなんだから、そのくらい先進性?を持っていいんじゃないすか?
2023年4月5日追記
ようやく、義務化されました。 当然ですね。
小型旅客船に隔壁義務化 国交省、浸水防止へ25年度めど 既存船は警報・排水設備
日経新聞
2022年4月に起きた北海道・知床半島沖の観光船沈没事故を受け、国土交通省は4日、小型旅客船などを対象に浸水が船全体に広がるのを防ぐ隔壁と甲板を設置するよう義務づける方針を示した。25年度をめどに新たに製造される船に適用する。既存の船については代替措置として、浸水を知らせる警報装置と排水設備の設置などを義務化する。