穴の底に向かって「王様の耳はロバの耳」と叫ぶ。

僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。・・・
飛行機が着地を完了すると禁煙のサインが消え、天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れ始めた。それはどこかのオーケストラが甘く演奏するビートルズの「ノルウエイの森」だった。そしてそのメロディーはいつものように僕を混乱させた。いや、いつもとは比べものにならないくらい激しく僕を混乱させ揺れ動かした。
僕は頭がはりさけてしまわないように身をかがめて両手で顔を覆い、そのままじっとしていた。

やがてドイツ人のスチュワーデスがやってきて、気分が悪いのかと英語で訊いた。大丈夫、少し目まいがしただけだと僕は答えた。・・・
前と同じスチュワーデスがやってきて、僕の隣りに腰を下ろし、もう大丈夫かと訊ねた。
「大丈夫です、ありがとう。ちょっと哀しくなっただけだから。(It’s all right now.thank you. I only felt lonely, you know.)」と僕は言って微笑んだ。
「Well,I feel same way,same thing,once in a while. I know what you mean.(そういうこと私にも時々ありますよ。よくわかります。)」彼女はそう言って首を振り、席から立ちあがってとても素敵な笑顔を僕に向けてくれた。
「I hope you’ll have a nice trip.Auf Wiedersehen!(よい御旅行を さようなら)」
「Auf Wiedersehen!」と僕も言った。

村上春樹「ノルウェイの森」より引用

数日前に、知人が山で亡くなりました。

知人というか、大学時代の山登りサークルの2年先輩です。 その人とは、それほど馬が合ったわけでもなかったし(僕は根本的にネガティブ思考で、その人はポジティブ思考だったから、なかなか思考や会話がスムーズに流れなくて、勝手に苦手意識を持ってた)大学を卒業して以来、住む世界も違いましたし、もちろん会うこともありませんでした。

なのに、その情報に接して以来数日、本当に心が沈んでいます。 正直、僕のどこにそんな感情があったんだと思えるほど。

「ノルウェイの森」なんか引用して、中年オトコの感覚としては気持ち悪いな。とも思います。けれど、このように感じるのだから仕方ありません。穴でもないのにこんなこと書くのはどうかとも思いつつ、少し吐き出させてもらいました。

 

投稿者:

モト

元河川技術者、現在は里山保全の仕事をしているおっさんです。西尾市在住の本好き歴史オタク。

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