シラカバ

我が家の庭には、シラカバが植えられています。

シラカバ

はあ?西尾みたいな暖地に、なんで冷涼な気候を好むシラカバがいるんだよ? 僕も学校で生態学を学んで来たので、その無理は言われなくてもよくわかっております。が・・・

僕はシラカバが好きだから、無理を承知で植えたんだい。

人間と言うのは、基本身勝手なものでございます・・・。長らく長野県に住んでいたのと、山登りなどをやっていたせいなのか、「高原の晴れ渡る空のもとにそびえたつ数本の白樺」という情景がとても好きなんです。

とはいえ、このシラカバは二代目でして、一代目はもっと小さいうちに枯れてしまいました。二代目は少し考えまして

・苗は通販ではなく、地元の苗が集まる「憩いの農園」で購入。しかも少し大きめの苗を選択(地元の気候・土壌に少しでも慣れたものが良いと思ったので)

・シラカバは日のよくあたる場所を好む(典型的な陽樹)ので、南に植えがちだけど、南日と西日を避けられるよう、家の東側に植えた。 →造園業をやっているお友達にアドバイスを受けました。この辺りでシラカバを育てるのはもちろん推奨しないけど、植えるなら強すぎる太陽光を避けるべき とのこと。

なんとか2年目の夏を迎えました。けっこう大きく成長してきたし、ちゃんと幹も白くなってきました。今年の猛暑を乗り切れば、しばらくは頑張ってくれるんじゃないかな。 人間の勝手で暑いところに植えてすいませんね。

シラカバの雑学

・正式名称はシラカンバ(白樺、学名:Betula platyphylla)カバノキ科カバノキ属の落葉樹の1種。

・近縁種としてダケカンバ(岳樺、学名:Betula ermanii)があります。山登りしていると、この両者の木はよく見ますね。ダケカンバの方がたくさん生えていますが、時々白いの(シラカンバ)を見ると少しやる気が回復します。(当社比)

・自然の状態においてシラカバは、開けた土地を好み、樹木としては他の樹種に先駆けて侵入する木。太陽光を一杯に受け、成長は早いです。が、その樹齢は七十年くらいで意外と短く、森ができてもそのうちにこの木の下で成長するミズナラやブナのような木に遷移していくんだとか。 (渡辺一夫「イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか」より)

家を建てる際、基礎の土壌も少し攪拌しているので、貧栄養の土壌になり、かえってシラカバ君には適した土壌になってたのかもしれません。

・日本で園芸店などで販売されているシラカンバは、同属他種(学名:Betula platyphylla var. jacquemontii)のことが多い。 (wiki「シラカンバ」より)

そうですね、確かに「シラカバ シャクモンティー」って売ってました。耐暑性が少しあるそうで、暖地でも育てやすい種だそう。

・春、芽吹く頃の白樺の幹に傷を付けると、大量の樹液が吹き出す。アイヌ民族はこの樹液を「タッニ・ワッカ」(シラカバの水)と呼び、水場がない場所で野営する際の、炊事の水に用いてきた。また、樹液は人工甘味料キシリトールの原料になる。樹液に含まれる成分にヒトの表皮の保湿を促進する効用があることから化粧品にも利用される。 (wiki「シラカンバ」より)

これは知りませんでした。もしかして、メープルシロップを取るサトウカエデって近縁種かな?と思いましたが、全然違いました。こちらはムクロジ科カエデ属。サトウカエデ(砂糖楓、学名:Acer saccharum

・白樺派 文学では白樺派ってのがありましたね。創刊号の表紙に白樺の若木が描かれていました。

1910年(明治43年)創刊の同人誌『白樺』を中心にして起こった文芸思潮のひとつ。また、その理念や作風を共有していたと考えられる作家達のことである。大正デモクラシーなど自由主義の空気を背景に人間の生命を高らかに謳い、理想主義・人道主義・個人主義的な作品を制作した。人間肯定を指向し、自然主義にかわって1910年代の文学の中心となった。 主な同人には、作家では武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、木下利玄、里見弴、柳宗悦、郡虎彦、長與善郎の他、画家では中川一政、梅原龍三郎、岸田劉生、椿貞雄、雑誌『白樺』創刊号の装幀も手がけた美術史家の児島喜久雄らがいる。多くは学習院出身の上流階級に属する作家たちで、幼いころからの知人も多く互いに影響を与えあっていた。 (wiki白樺派)

最近、岸田劉生の麗子像を見る機会がありましたが、うーん、なんか気味悪い日本人形みたいな絵だった気が・・・シラカバのイメージとはちょっと違いますけど・・・

 

 

 

立秋

今日、8月7日は「立秋(りっしゅう)」でした。 今日から暦の上では秋っす。

「えー変わらず暑いやん。」我が家で年中毛皮を着ている子は、朝からもう「死んでる」状態です。クーラーもキライとかわがまま言って、しょうがねーな、コイツ。まあ、君は働かんでいいから、一日中ぐったり寝てなさい。(寝てれば可愛いし) どうせ今夜も夜遊びに行くんでしょ。

あ、立秋の話でしたね。 一応その筋のお約束では、「立秋の日からは秋なので(本来)涼しいものなのです」 と偉い人が決められたのです。誰かは知らん。

だから、常識ある大人がよそさまに「暑いけど生きてる〜?」と生存確認のお手紙を差し上げる場合、その手紙を昨日までは「暑中見舞い」今日からは「残暑見舞い」と使い分けて呼ぶのです。目上の人に出す場合は、間違えないようにしましょう(笑)

しかしなあ、これからさらに熱くなる時期に、「残暑」という言葉を使う意味って、おかしくね?そもそも秋の涼しさはいったいどこにあるん?

というか、僕の感覚では「残暑」=「暑さのピーク」とさえ感じてしまいます。なんか納得いかないよな。

と、昔の人も感じていたのかなあ?ほら、歌にもありますよね。

『秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる』(古今和歌集 藤原敏行)

意訳。「秋が来たっていうけどさあ、クソ暑いんだよコラ。平安時代にエアコンはねえんだ。あちー、全然秋じゃねーよ。あちー、風吹かねえか、風。・・・お、吹いてきた、いや、いがいに涼しいな。あ、これが秋の風ってやつか。そういやなんか昨日までの風とと違う気がしてきたよ・・・(ってことで立秋の日に詠んだそうです。)※」

ひどい意訳して申し訳ないんすけど、僕この歌の繊細な感じが結構好き(笑)

最近の酷暑では、仕事から帰ってくると「風頼み」ではとても駄目だから、朝起きるまでずっとエアコンの中にいるんすけど、それだとなかなか秋の風を感じる ことはできないっすね。 まあ熱中症になって運ばれるのを避けるため、風流なんて言っておられません、このご時世。

と思ってたんだが、なんでも近ごろ江戸じゃ、2年先の大体育大会に、打ち水だの浴衣だの、葭簀だの、風流な仕掛けを導入したら涼しく過ごせるって、真面目に考えてるそうじゃねーか。  そりゃ確かに日本には「心頭滅却すれば火も亦た涼し」というすごい言葉がありますけど、発した本人は焼死してますんでね、オチまで知ったうえで使わないと馬鹿を見ますぜ。

バカは死ななきゃ治らない ってか、死人が出ないと変わらねー、もしくは死人が出ても変わらねーんじゃねえかな、この国。

※ちなみに今の時期を「七十二候」では「涼風至」と表現します。