蒲郡 竹島と蒲郡クラッシックホテル

以前、西尾周辺の温泉街をまとめた記事をアップしました。その記事は次第に温泉の話から、かつて鉄道省の国際観光局が建設した「蒲郡ホテル」の話、天然記念物「竹島」の話に移っていきました。

書いてて矢も楯もたまらず行きたくなり、ついに取材に(泊まりに)行っちゃいました。今回はその紹介です。

現在、往時の「蒲郡ホテル」は名前を蒲郡クラッシックホテルと名前を変えて、一般客も泊まることができます※。

まず、ホテルの立地がすごいです。竹島を望む海岸沿いの丘の上。

ホテルの窓から竹島を眺めると。

竹島に渡る橋の上からホテルを望む。

竹島は対岸と400mしか離れていないのに、島は暖地性の植生で、対岸の植物相とは大きく異なるという特異的な環境 として島自体が天然記念物にしていされています(1930)。

まあ、難しいことはよくわからんけど、島へ渡る橋のムードもいいし、水もきれいだし(夏は藻が繁茂すると思うけど)、散歩にはよろしいかと。

海底が見えるよ~。中央はたぶんカワウ君。

島には、琵琶湖に浮かぶ竹生島から勧請された弁財天さまを祀る神社がございまして、島自体がご神体。(本土側に崇拝所あり)たぶんそのおかげで、乱開発されることなく現在まで自然が残ってきたのでしょう。

島の奥の方(この社の左奥)へ進んでいくとあんまり見慣れない竹が生えております。「ホテイチク」と言うそうです。

ホテイチク

更に奥へ行くと岬になっておりまして、どうも風当たりが強いのか、すごくねじくれた松が生えとるのでございます。まあ、別に松は珍しくございませんが。

ねじくれ松

松を通して下の海岸を見ますと、島の周りは岩が露出しているのが分かります。

この辺りの海岸は(ほとんど原型をとどめていないが)砂質系だったでしょうから、この島と蒲郡クラッシックホテルのある丘だけ、地質が違うんですな。産総研が公表している1/20万分の一地質図で、この辺りの地質図は以下の通り。

地質の違いと、対岸と400m離れた環境が、周りと違う植生を生んだんですかね?(だとすると、竹島と同じ地質である沖の大島の植生はどうなっているんだろう?)

(追記)竹島と沖の大島の植生について、照樹葉一さまからコメントを頂きました。

大島の植生は代償植生で、シイ・カシ二次林を主体とします。
一方竹島の注目したい点は自然植生が残存し、一応タブノキ群落が成立しますがほとんどスダジイ群落が見られずモチノキが優占する点でしょう。
林床に優占する絶滅危惧種は特筆にあたいすると思います。

情報ありがとうございます。竹島と同じく沖の大島の植生も本土側と比較して特異であれば、植生に対する地質の影響が考えられて面白いんじゃないかと思いましたが、沖の大島は代償植生(人為的干渉を受けた植生)であるシイ・カシ二次林となっているとのこと。論拠にはならないですね。残念でした!

後段のコメントについては少し専門的かと思いますので、下に補足と言うか、調べて意訳したものを載せておきます。(理解が間違ってたらすいません。またご指摘ください。林床植物については完全に能力範囲外ですんで、補足はスルーさせていただきます)

「この辺りの環境条件から考えると、海岸部である竹島の植生はタブノキ、スダジイ等塩分に強い照葉樹の林になることが想定されます。でも実際に竹島を観察してみると、あんまりスダジイ(乾燥に強い)が見られず、モチノキが多く生えているところが注目点です。」

参考:千葉県立中央博物館 生態園>植物群落園>照葉樹林

渡辺一夫「イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか」築地書館

島に架かる橋は夜間に照明が撞きます。海風も吹いて、逍遥するにはちょっと乙だよね と窓から眺めてたらふと、カズオ・イシグロの映画「日の名残り」のワンシーンを思い出しました。

夜景

戦後すぐのイングランド南部。日没頃、海岸沿いのデッキ?を歩く老いたスチーブンスとミセス・ケントン。「人生とは・・・」と話す二人の前で、照明が点灯します。同じように逍遥していた人々は、それを見て拍手をしています・・・。

が、後で確かめてると、だいぶイメージ違いました・・・。

スティーブンスとミセス・ケントンの逍遥 (日の名残り より)

※蒲郡ホテル・1934年建てられた城郭風の建築。(経済産業省 近代化産業遺産指定)「華麗なる一族」のロケに使用。現在も「蒲郡クラッシックホテル」として営業。平日なら一名様15,000円くらいで泊まれます。この価格で、日没と暮れゆく三河湾を眺めながらフランス料理の夕食を堪能できるので、むしろお値打ちかも。 (味は、十分満足できると思います。)

また、昼過ぎにはホテル二階のカフェで1600円のケーキセットを注文すれば、上の写真の眺めが楽しめます。

ホテルのロビー吹抜とカフ

直下型地震について 【既往記事まとめ】

大阪でも地震がありました。このブログでも時々地震の記事を何度か取り上げましたが、記事が分散して分かりにくいので、これまでの記事を一つにまとめました。したがって再掲ばかりですが、確認の意味も含めて、どうぞ。

緊急地震速報は、本震前に届かない場合もある・・・「地震の揺れ」に先駆けて来る地震波を捉えて瞬時に警報を出すのが緊急地震速報。だから震源が「直下」に近い位置では、地震波と揺れが同時に来て、警報が間に合わない可能性があります。西尾で直下型地震・震度4を体感・震源はどこ?

直下型地震の震源となることの多い活断層の定義とは・・・「現在の地殻内部の力の状態のもとで活動してきた断層」

活断層の活発度・・・断層のずれ量で表す。A級活断層 1000年あたり1m以上、B級活断層 1000年あたり0.1m~1m未満、C級活断層 1000年あたり0.01m~0.1m未満
活断層の有無は完全に分かっているか・・・残念ながら、分かっていない。活断層の比率は、A級1に対しB級10C級100の比率で存在するはず。実際、A級活断層約100に対し、B級活断層約1000。しかし、C級活断層はわずか数百しか見つかっていない。つまり、まだ見つかっていないC級活断層が多くあるはず。

したがって、いまだ未知の断層が、直下地震を引き起こす可能性だってあるのです。

親記事 三河地震と深溝断層 島根県での地震は「未知の断層」が原因かも

参考:国土地理院が発行している活断層図のQA

Q.活断層図には、その地域に存在している活断層がすべて表示されているのですか?
A.
調査時(図作成時)に確認された活断層は、すべて表示しています。しかし、図で緑系統の色で塗られた部分(沖積低地、扇状地)は、川が運んできた土砂などによって最近数千年間に形成された比較的新しい土地ですので、調査で確認できなかった未知の活断層が埋もれている可能性も残されています
また、最近の地層に覆われていなくても、規模が小さな活断層は活動しても地表に明瞭な痕跡を残さないことがあり、一方で規模が大きくても地表にはっきりとした痕跡が残らない場合も知られており(2000(平成12)年鳥取県西部地震や2008(平成20)年岩手・宮城内陸地震など)、活断層図に表示されているものがすべてであるとは言い切れません。

天災は忘れた頃来る・・・阪神大震災と東日本大震災。どちらも起きた時は「まさか神戸で大規模直下型地震が!」「まさか東北一円にあれほどの大津波が!」って言われていた。後になってみれば、識者が「警告は発せられていた」って言ってますが。

小さな地震が多く発生すると、地震のエネルギーだか歪が解放され、でかい地震は来ない? その考えは間違い・・・M8の地震エネルギーは、M2の地震の100,000,000倍(10 9)。だからM2クラスの地震が頻繁に来ても、大きな地震のエネルギーが削られて来なくなる なんてことは、残念ながらありません。(東日本大震災はM9.0)

熊本地震の事例として、現在の住宅の耐震基準でも震度7が2回来ると、住宅が重大な被害を受ける可能性がある・・・現在の基準(建築基準法)では、震度7の地震が2回来ることは想定していないから。

当然、建築基準法違反、施工不良、基準の緩かった時期(昔)に造られたもの(塀、住宅、橋梁など)はさらに注意が必要。個人所有の物もあるので、最終的には個人がわが身を守るしかないかと。