司法で示された、ハザードマップに頼る防災の限界 

東日本大震災で津波の直撃を受け、多数の児童が亡くなった大川小津波事故訴訟の二審(高等裁判所の判断)が示されました。 まだ最終審ではありませんが、まあひっくり返ることはないだろうなぁ。

「ハザードマップ至上主義」と完全に決別し、各種の防災対策に根底から見直しを迫った形 と、これから現場で厳しい運用が迫られることになります。

以下、抜粋記事です。

<大川小津波訴訟>「ハザードマップ至上主義」と完全に決別 防災対策に根底から見直し迫る

学校の事前防災の是非が争われた大川小津波事故訴訟の控訴審判決は、津波被害予測地図(ハザードマップ)を科学的知見として予見可能性を判断してきた従来の津波訴訟の「ハザードマップ至上主義」と完全に決別した。マップへの依存を否定した司法判断は、学校現場に限らず各種の防災対策に根底から見直しを迫った形だ。

大川小が津波浸水予想区域外に立地する点を捉えて「津波予見は不可能」としてきた市・宮城県側の主張を、判決は「マップの信頼性を独自の立場で検証することが要請されていた」と一蹴した。「校長らは平均的な知識を上回る防災知見を得て適切な危機管理マニュアルを整備すべきだった」と言及

判決が教育行政に課した責務は極めて重いが、学校現場の多忙化を考えると酷な側面もある。判決を現場教員の負担軽減も含め、命を守る組織の在り方を問い直す里程標としてほしい。

震災前に出されていた津波のハザードマップでは、大川小の校舎は津波浸水予想区域から外れ、避難所に指定されていたんですよね。 でも津波が来ちゃった。

<大川小・争点を語る>(上)危険の予見 ハザードマップ頼み/多忙化で防災後回し   (こちらの記事も抜粋です。)

大川小は北上川河口から約3.7キロ上流にあった。海抜約1メートル。河川堤防(高さ約5メートル)まで西に約200メートル。震災前、周辺の最大予想津波は5.1メートルで、校舎はハザードマップの津波浸水予想区域から外れ、避難所に指定されていた。

「地震の規模や範囲の予測は困難で、不確実性が高い。浸水予想は防災計画を作る目安にすぎないのが常識だが実務上、ハザードマップの想定に依存せざるを得ない状況は理解できる」という。

津波に対する当時の危険認識は「浸水予想区域から外れている以上、事前想定は避難行動より避難所対応を優先した可能性がある。避難所に指定されていれば、教員は社会的責任を考えて学校を離れられないという感覚が働く」と指摘。

確かに防災の専門家や「シミュレーション」を実施したことがある人から見ると、ハザードマップの予想結果はある条件で計算した場合の事例に過ぎず、津波浸水予想区域から外れていても計算条件が異なれば(あるいは想定外の場合に)津波が来る可能性は十分ある ことは自明なのです。

でもね、ある条件の計算結果とはいえ、その旨注意書きがされているとはいえ(この手の刊行物には必ず記載されています)、「浸水しません」を図として出してしまうと、結果「うちは津波でも大丈夫!良かった~」と安心して忘却してしまうのが一般的だと思うんですよね。「まてよ、これは一例に過ぎないから・・・」なんて考えない。

仮にそういう知識があっても、検討する時間もない現場の一線では、記事にもありますように「実務上、ハザードマップの想定に依存せざるを得ない」と言うのが、常識的な反応だと思います。

でも判決は、それでは責任者として不十分と言っています。じゃあどうすりゃいいんだ? 判決は対応は示されません。あとはみんなで考えてね〜。

そういう意味で、この判決は防災対策に根底から見直し迫る ものであることは間違いありません。

じゃあ、どうすればいいんだ?

分かんない・・・これは条件がいろいろありすぎて、一つの答えがばちっと出ないという意味で、「分からない」問題なのです。

だから究極的には、住民の安全を守る行政や児童を預かる教育機関が責任を負える問題じゃないと思うんですよね。もちろん、それらの機関は何らかの想定を行い、対策をするのが当然なんだけど、その想定が本当に妥当なのかは、識者を含めだれも「分からない」。

同様の状況は株式投資にも似てます。将来、どこの会社の株を買えば儲かるのかは、(インサイダー取引がないとすれば)識者を含めだれも「分からない」。いろんな情報機関が情報を提供しますが、それが正しいのかは分からない。こんな「分からない」投資問題に対して僕は、最終的には様々な情報を元に、会社の株が儲かりそう!と自分が判断し納得した上で投資しないと、損をしたときにおさまりが付きません。自分が納得したうえであれば、損をしてもあきらめもつきます。これって「分からない」災害でも同じことが言えるんじゃないでしょうか。

そういう意味では、まず「ハザードマップ」なんて出さないほうがいいと思うんです。「検討の参考にしてほしい」 と考えてつけた一つの計算結果が、参考でなく、ある意味決定版として独り歩きしてしまうのが実態なんで。

でも情報がなければ、判断も納得もできませんね。そこで「津波でどこが浸水するか」は「津波の高さと地形」に依存するから、「ハザードマップ」の代わりに、「標高地形図」と過去の実際の津波または高潮の浸水実績図(事例は多いほうがいいけど)をセットで配布し、あとはそれぞれ自分の頭で考えるしかないんじゃないでしょうか。 もちろん学校や講座で見方や考え方を伝える必要はありますけど。

まあ投資の場合は「自分は投資しない」という選択肢もあるんですけど、災害の場合は「自分は災害を受けない」という選択肢は選べませんので、そこが辛いとこです。

それから、海岸部の都市の歴史を調べてきて、有効な情報なんじゃないかだと思ったものがもう一つ。

それは「ある時代にはどこに海岸線があったのか?」を知っておくこと。現実には、そういう情報をまとめたような地図は発行されていないのですが。

ただ「ある条件の下で計算した津波の浸水予測」より、雄弁に何かを語ると思うのです。

日本の場合、縄文時代に「縄文海進」と呼ばれ海水位は今より5mくらい高く、そこから徐々に海水位は下がり現代に至っています。

陸地化した時代が新しければ、新しいほど、そこは軟弱地盤で標高も低いのです。だから地震や津波、高潮に本質的に弱い場所。いくら堅牢な堤防があっても、それが津波の莫大なエネルギーで破られたら・・・

そこに住む以上、災害に対する覚悟や備えは必要です。まあ海岸線から遠いと、今度は土砂災害の危険性が増すけど。

 

 

 

檜皮

最近、縁あって?檜の間伐作業に関わりました。

倒した檜(ひのき)の木を用材として使うには、皮むきが必要になります。ってことで、檜の皮むきをやってみたのだ!

Before

これが原木。木を倒して枝を払った後、用途に応じ2~3mに輪切りにしてあります。この皮を剥きませう。

取り出したるは「鉈(なた)」。これで木に縦に筋目を入れ、皮と身?の隙間に鉈をこじ入れ、てこの原理で少しづつ剥がします。ある程度剥がれたら、ヘラみたいな道具を差し込み、バターを薄く切るようにビローンと引っ張ると・・・

ムキムキ

こんなかんじで皮がビローンと剝けます!

ここで理科の授業。この写真では良く見えないのですが、木の皮と身の間には、根から吸い上げた水を枝葉の先端まで届ける「道管」があり、伐採直後はその水分に溢れたこの部分はヌメヌメで、簡単に皮が剥げるのです。(「道管」という知識は、もちろん僕もあったけど、手を置いたらつるっと滑るほど水分に溢れ、その為皮がすんなり剥けるなんて、体験しないとわからないな)。

伐採後時間が経つにつれ水分が蒸発するので皮が身に吸着し、だんだん皮剝ぎが困難になっていくのです。すなわち「切ったらすぐ剥け」。

ってことで発生した檜の皮がこちら。枝や節がなければ、長方形の長い皮が手に入ります。この皮何かに使えそうですが・・・

檜皮

と昔の人も思ったらしく、この皮で屋根を葺くことを考え出したのです。これを「檜皮葺(ひわだぶき)」と言います。檜の皮を「檜皮(ひわだ)」と言うんですな。

「檜皮葺」を使った建物としてパッと思い浮かぶのは、奈良は室生寺の五重塔。 山中の森に囲まれた場所に、小さな五重塔がひっそり建っています。

建物の建材は檜、屋根材は檜皮です。おそらくその地に生えていた檜を切り出し、皮まで建設材料に転用したのでしょう。外(下界)から運ぶ資材を最小限にし、懐(運搬賃)にも環境(ゴミ減、運搬影響減)にも優しく、周りの木々と調和もバッチリな「最先端エコ建築手法」。檜の木自体も耐久性に優れているっていうし、完璧!

てか、檜皮を葺く屋根は出雲大社本殿、厳島神社本殿、御所紫宸殿・清涼殿などに使われる、大変格式の高い屋根材でした※。

西尾市内では、金蓮寺弥陀堂(国宝)が檜皮葺です。

金蓮寺弥陀堂

wiki「檜皮葺」曰く。「世界に類を見ない日本独自の屋根工法」だそうで・・・そりゃまあ、檜は日本と台湾にしか生えてないから、日本独自で間違っちゃいないけどな(笑)。

檜皮は断熱効果が高く、湿度の調整にも優れているので、日本の建物には非常に適しているそうな。特に湿気の多い山間に建てられることの多い寺院の建築には、重宝したことでしょう。

てなことを考えているうちに作業終了。あ、この写真で、水分で表面がツルツルなの分かりますか?

「モトは白く輝く檜の建材と、屋根材である大量の檜皮を手に入れた」( ´艸`)

昔は、檜皮を採取する人:原皮師(もとかわし)という職業があったようです。

ただし、実際の檜皮採取は「立木から皮を剥ぎ、採取後再生を待つ。再生した皮が高級品」だそう。ってことは道管までは向かないんだな、きっと。(道管まで剥くと、立木が枯れてしまいます。その性質を使って、皮むきを省力化した間伐に利用する方法もあるそうな いろいろ考える人がいて、おもしろいですなあ。)

さらに調べてたら、 昔は檜皮を 採取する職人:原皮師(もとかわし)という職業があったそうです。

ここで一つ大事なことを。建材として使うにしても、屋根材として使うにしても、枝がある木は材木としての価値が大幅に下がります。建材としては「節」になるし、皮も枝の部分が「穴」になりますから、屋根材としては使えなくなるのです。

つまり、檜を材木として使うには「枝打ち」作業が必須。それをやらない木材は、材木としては使えないのです。 写真の木は良い位置を選んで撮影していますが、この林も枝打ちはしていませんので、材木としての価値は低いな。

まあ、うちは建材にするわけじゃないんで、使える部分は皮を剥いてこのまま放置して乾燥させ、乾燥して軽くなったら山から下ろして加工することになるでしょう。

 

しかしまあ、今の時代、山の中に分け入って、一本一本の檜の木の枝打ちをやるほど人手も予算もないご時世でございます(てかすげー重労働!)。

日本は世界に冠たる森林国であり、はなはだ残念なことですが、少子高齢化、東京圏への人口集中が進むこの国では、檜皮葺きなんてのは持続不可能な伝統技術になりつつあるような、気がします。

 

※よく似た屋根材に「杮葺(こけらぶき)」があります。これは檜を含む「木材の薄板」を用いるものです。実相寺の釈迦堂は「杮葺」です。

実相寺釈迦堂

檜皮葺きも杮葺きも、細長い材をずらしながら下から平行に重ねて並べ、竹釘で止める施工法で屋根を葺くそうです。これも人手と予算ががかかるなあ。