山崎元がホンネで回答「45歳、未婚、高卒非正規雇用に求められる人生プランは?」についてコメント

経済評論家として頼りにしている山崎元氏が、まるで釣り餌のような記事を書かれたので、釣られてみました。僕自身「46歳、未婚、非正規雇用」であり、「人生プラン」なるものについても興味がありますので。

山崎元がホンネで回答「45歳、未婚、高卒非正規雇用に求められる人生プランは?」

詳しくは、「ぜひ読んでください」なのですが、刺さったところをピックアップします。

45歳は、今後の人生プランを考えるに当たっていいタイミングです。多くの人にとって、大まかに60歳以降をどう生きるかという「セカンドキャリア」について考え始めるべきタイミングだからです。

ふむふむ。僕の場合セカンドキャリア?を考え実行したのは40歳のときです。正規雇用の仕事を辞めて実家に帰り、1年引きこもり?生活をしたのち41歳から非正規雇用の仕事で働き始めました。

直接のきっかけは適応障害を患い休職したことですけど、復帰しても働いていたらまた再発すると思ったこと(職場は心を病む人も多かったけれど、根本的に仕事の負担を減らしたりとか、無駄な作業をやめようとかない上、若手の負担軽減のため僕らが属す中間管理職への負担がこれからも増加していくだろうと予測できる状態だったからです。まあこれはどこの組織でもそうでしょう。その中で、自分はどう生きるかという選択問題です。)

間接的にはその年までに住宅ローン組まずに新築自宅を確保したし、将来にわたって独身だろうから、安定してるけど責任の重い仕事で残業して胃の痛い思いして、それなりの給料もらわないでも、比較的責任が軽く、残業なく自分のペースで働きやすいような仕事(その分給料は安くなるけど)で働いてもなんとか暮らしていけるだろうという皮算用もありました。やや特殊な事例でしょうけど。

いずれにせよ、「何かやりたいことがあったから転職」したわけじゃなく、もう少し楽に暮らしたい みたいな逃げ、消極的な理由からです。 いや、今時はセミリタイヤと言えば積極的になるのかな。僕としては仕事なぞ一切やめて「隠居」もしくは「ひきこもり」になりたいのですが。

が、この辺りの考え方について山崎氏は厳しいですね。 彼は典型的な「肉食系」なので、この部分は「草食系」もとい「絶食系」の僕とはなかなか相いれないです。

誰にでも当てはまることですが、一つだけ厳しい現実を指摘しておきます。「やりたいことなど特にない。安定して暮らせるなら、それでいい」と自分に言い聞かせて、成り行きに任せようとすると、人生の条件が不利な方に動く「経済的重力」が働きます。政治を嘆いても仕方がありませんし、これは資本主義に特有の現象でもありません。経済とは、そういう仕組みで動いているものだと思って下さい。

うーん、耳が痛い。ま、でも僕、働くことへの考え方は山崎派じゃなくてひろゆき派だし、考え方次第で意外と何とかなるんじゃね と思ってたりもします。、もちろん無策で成り行き任せだけではダメだけれど。 

「働いてる人は、払う税金を4万円だけ減らしてあげる。働いてない人は、働いてる人が払った税金を7万円あげる。働いたら負け!」

飲食店やペンションのようなお店を持つ、資格を取って士業で独立する、新しい会社を起業する、など様々な選択肢があります。趣味を仕事に出来ないかを検討してもいいでしょう。また、新しい仕事は、部分的に副業で始めてみてもいいでしょう。

60歳を待たずにいつからでも新しい仕事に重心を移しやすい点は、非正規雇用がむしろ強みになるかも知れません。新しい仕事を軌道に乗せる際には、体力や時間を要する場合が少なくありません。

様々な選択肢あれど、どれもイバラの道じゃね?そこまで頑張って働かずともなんとかならんかなーというのが正直な感想ではあります(笑)。そもそも僕、 何か「やりたい!」と思うことを実現する みたいな殊勝な考え、これまでの人生において持ったことがない(笑)。  

僕には将来なりたいものなんて何もない。夢とか希望のことも考えたことがない。14歳の今までなるようになってきたし、これからもそうだろう。だから何かの事故やなんかで死んでしまっても別にかまわないと思ってた。 ……てなことを作文に書いたら、案の定、「まじめにやれ」と先生に怒られた。

碇シンジ  

孔子さまも言うではありませんか、「四十にして惑わず」って。そんな人がいまさらそういう野心?持つような肉食系の生き方なんてできないですし。

閑話休題。引用に戻ります。

結婚は、どうしても子供を持ちたいと思う場合に日本では結婚した方が子育てにいいかも知れないという条件を考慮に入れる必要がありますが、そうでなければ、必要ないと思います。恋愛は大いにいいでしょう。本人が勝手にするものなのでしょうが、回答者は推奨します。しかし、結婚は合理的な仕組みだとは思えません。しなくていいと思います。

ただし、どうしても結婚してみたいと思ったら、これから結婚しても構わないとは思います。人生でその程度の失敗は許容されます(たぶん)。

このあたりのコメントは、(たぶん)とか、エスプリ効いて好きですねえ。まあ僕は結婚したことないし、する気もないから知らんけど。

正規雇用の職に就くことは、条件が有利な場合に悪くありませんが、問題の解決に対する貢献は小さいでしょう。また、これから探して、好条件の正規雇用の就職先が見つかる可能性は大きくありません。

さて、質問者がプランを持つ必要があるのは、第一に60代以降にも続けられる仕事の場を持つことで・・・、

 ここまではっきり言える人、あんまりいないと思うなあ。普通のFP(ファイナンシャルプランナー)なら、「正規雇用の職について、給与と将来の年金受給額を上げよう」 って言いそうなものです。が、たぶん山崎氏のコメントが正しいです。(足りなければ) 非正規で長く働くのが現実的な線かと思います。

定年後の仕事の「15の事実」 

 70歳男性の半数が働く、50代でキャリアに悩む…多くの人がじつは知らない「定年後の実態」

第二に親しい友人を複数人作ることでしょう。どちらも、時間を要する目的です。

親しい友人を作るにも時間と積極的な努力が必要です。質問者は「今週末に遊びたい(出掛ける、食べる、飲む、など)のだけれども、付き合って欲しい」と声を掛けた時に応えてくれる友人を何人お持ちでしょうか。5人いると、毎週一人呼び出して一月を過ごすローテーションが可能になります。

このコメントが、一番刺さったところかなあ。とても大事な視点だと思います。 まあ現状、人付き合いは月に一人くらいで十分 ってくらい苦手な僕ですけど、友人が大事ってのは分かります。だけど、大人になると新たな友人を作るってホント難しいよね。

 となると、若いころの友人を大事にするとか、昔の縁を復活させるというのがよいとは思うけれど(地元に戻ったことだし)、それも、さて・・・。

友情は手入れしよう(第二十三通) 

物思いに沈みながら、息子は考える。この数年、仕事仲間のなかには、何人か親しい友人ができたが、昔の友だちにはめったに会う機会がない。と。息子はこの事態に不安を感じる。

K.ウォード「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙

草食系には、あるいは絶食系には「なかなか手入れもおっくうだ」というのも、真実だったりもします・・・さあて・・・。

イスラエルとかパレスティナあたりの歴史

いよいよ地上戦間近なんでしょうか・・・

あのあたりでイスラエルやらパレスティナについて書かれるのは、この人くらいからが有名なところじゃないでしょうか。 半分神話(旧約聖書)の時代です。

 みけらんじぇろ だびで像    wikipediaから画像をお借りしました。

ミケランジェロは、キリスト教の権威が高い時代に、理想的な男性像を彫像したのであって、実際のダビデがこんな好男子だったかは知りません。(この像は、ユダヤ人のシンボルでもある割礼がないしな)

この時、ダビデの属するヘブライ人(ユダヤ人)のイスラエル王国は近隣に住むペリシテ人と戦をしており、ダビデは一騎打ちでペリシテ人の巨人戦士ゴリアテに勝利します。その時のダビデをモデルにした彫像です。 戦場で裸ってことはないでしょうけど。ま、このころ、ユダヤ人の王国がこの地域にあったのです。 

のちにダビデは国王になり、ダビデと息子のソロモンの時代にイスラエル王国は全盛期を迎えます。「ダビデ王とソロモン王の御代・・・」というのは、映画やアニメでもちらほら出てきます。実態がどうだったのかは知りませんけど、東洋で称えられる「貞観の治」の神話版みたい位置づけかと。

例:映画インディジョーンズシリーズ「レイダース 失われたアーク《聖櫃》」のアークって、モーセが神と契約した「十戒」が刻まれた石板を収めた箱のことです。「ソロモンの秘宝」とも呼ばれます。ソロモン王が建設したエルサレム神殿の至聖所に安置されてたことになっているからです。

貞観(じょうがん)は、中国唐代の太宗の治世に使われた元号。 627年 – 649年。
太宗が魏徴などの賢臣を任用し、広く諫言を納れて善政を敷いたため、隋末の戦乱から民生を立ち直らせることに成功した(貞観の治)。貞観年間は賦役も軽く、殖産が奨励された傍ら、突厥との防衛戦にも勝利し、社会は安定して経済は繁栄を見た。
後世の治政の範とされ、その原理は『貞観政要』(太宗と名臣たちの論議を記した書)に詳しい。

wiki

その後、イスラエル王国は滅亡し、最終的にはローマ帝国に占領されるのですが、大規模な反乱を何度も起こすので、もーゆるさんってことで、ユダヤ民族はこの地を追い出され散り散りになります。(ディアスボラ) ついでに、ローマはこの地を「ユダヤ」属州から「シリア・パレスティナ」属州に改めます。 パレスティナというのは、「ペリシテ人の土地」という意味です。ユダヤ人なんてもうこりごりだ って感じでしょうか。

以降、ユダヤ人のいなくなったこの土地は、近隣のアラブ人、いまでいうパレスティナ人が住み続けてきました。(ペリシテ人と現在のパレスティナ人との関連性は不明)

故郷を追われたユダヤ人たちは、キリストを殺害した呪われた「流浪の民」としてあちこちで迫害されました。特にキリスト教至上主義下のヨーロッパではまともな職業にはつけず、土地も持てず。日本の「士農工商」みたいに商人とか金貸しとか人に蔑まれるような仕事をせざるをえませんでした。

まあ、成功した商人は富を握っています。そのうえユダヤ人は自分たち独自の宗教を守り(閉鎖的)、身を守るため子息の教育に投資し識字率も高い。代を重ねるごとに社会に対する影響力も持ってくるんですけど、それゆえに「けっ、ユダヤ人のくせに」とますます民衆に恨まれたり。たびたび弾圧があったり。平時でもユダヤ人収容区(ゲットー)しか住めないとか。 

「うう、我々の国さえあれば、こんな苦難を受けなくていいのに」そんな思いが、先祖の栄光の地、パレスティナへの帰還と建国という思いにつながります。シオニズム運動です。

 それに拍車をかけたのが、第一次世界大戦時の英国外交です。 戦費を獲得したい英国は、ユダヤ人の金融財閥かつシオニズム運動の盟主であるロスチャイルド家に「パレスティナにユダヤ人の国家をつくるのを認めます(だから軍資金お願いね)」と約束します。(パルフォア宣言)。と同時に、アラブ人の豪族に「イギリスと敵対するオスマン帝国と戦ってくれたら、パレスティナにアラブ人の独立国をつくってあげます」と約束。(フセイン・マクマホン協定 ここから、映画「アラビアのロレンス」のストーりーが始まる)

英国はパレスティナを「ユダヤ人国家にする」かつ「アラブ人国家にする」と両立不可能な二重約束をしたうえ、さらにフランスと「戦後はこの地域を二国で分割統治しましょ♡」とさらに本音の密約を重ねます。(サイクス・ピコ協定)

俗に「三枚舌外交」という悪名高きやつ。これが、現在のパレスティナ問題の遠因なんです。覇権国(落ちぶれ期)の暴走という点で、米国が、その二の舞を踏まないといいんですけど、なんか既視感ある気が。

んでお約束。英国は戦後、フランスとの密約を実施案として採用。共存はきびしいだろーなーってことで、分割統治(委任統治)した土地の一部にユダヤ人の入植地とアラブ人の国?をつくることにしました。

が、双方大反発。そりゃ「パレスティナの一部」しか認めませんし、そもそも独立させてねえから。特に資金力のあるユダヤ人側は「約束が実現されないなら、実力行使あるのみ!」と在外地主からパレスティナの土地を買い占め入植していきました。独自の宗教を持つユダヤコミュニティ(国家)に異民族のアラブ人は不要です。出ていけー。

遠い祖先が住んでいた土地だからとはいえ、それはローマ時代の話、それ以降は父祖の地として代々アラブ人が住んできました。アラブ人から見ればユダヤ人の行為は、自分たちの土地(俺たちの国)をどこぞの馬の骨(日本帝国)が武力を背景に住んでいた人たちを追い出し、「満州国」という傀儡国家を建国したのと変わりありません。

 双方行くとこないから必死だし、譲れません。深刻なドンパチが続き、当たり前ですが治める英国が武力介入しても収まらず困っている中、ドイツではナチスによるユダヤ人撲滅作戦が始まり、パレスティナに流入するユダヤ人が急増。対応に苦慮する英国はユダヤ人の入植を制限するもユダヤ側はテロ活動で抵抗。戦後、匙を投げたイギリスは国連に下駄を預け逃げちゃいます。 

国連はパレスティナの土地をユダヤ人国家とアラブ人国家に分割する案を決議をするも、現地のユダヤ人とアラブ人の人口比率を無視しロビー活動が活発なユダヤ側に有利な分割裁定をします。そしてユダヤ人国家であるイスラエル建国。パレスティナ人(アラブ人)に味方するアラブ諸国はこれを不服としてイスラエルと数次にわたる戦争(中東戦争)を戦いますが、毎回イスラエルが勝利。イスラエルがパレスティナ全域を武力制圧、そして統治することになります。

アラブ諸国による武力介入は終わったけれど、武装闘争組織であるパレスティナ解放機構(PLO アラファト議長)が結成されイスラエルに対する武力闘争を開始。イスラエル領内にいるアラブ住民たちも抵抗運動(インティファーダ)をやめません。

そんな年月が過ぎ、ついに1993年にPLOとイスラエルの間でオスロ合意が結ばれ、パレスティナ人による自治区を設けることが決まりました。 ヨルダン川西岸地区とガザ地区をパレスティナ自治政府*(PLOが主流派で母体)が治めることになったのです。地区にはイスラエルの入植地はだいぶ残ってはいるんだけれど、ともかく共存の一歩は!

*パレスチナ国として世界136か国が国として認めているんですけど、日本国政府は認めておらず、自治政府と呼んでいます。

が、快挙は長く続かず、イスラエルとパレスティナで約束互いや過失、その結果としてドンパチが続きます。またパレスティナ自治政府もカリスマであったアラファト議長(穏健派ファタハを率いる)の死後、強硬派ハマスが第一党となり、内紛の末、自治領をヨルダン川西岸はファタハが、ガザ地区はハマスが統治するという分断状態のまま、現在に至ります。

朝日新聞記事から借用

てか、ヨルダン川西岸地区と、ガザ地区ってまったく分断されていて、ファタハとハマスがそれぞれの地域を統治してるってことは・・・もう別組織って考えてもいいんじゃないかと。つまり、ガザ地区を支配するハマスによるイスラエルへの攻撃は。パレスティナを代表するであろう「パレスティナ自治政府の決定」ということではなさそうです。

ガザ地区へなぜ進攻?日テレニュース

たぶん肝心なのは、ハマスやパレスティナ自治政府(ファタハ)がどう行動しようかと考えているのかではなく、パレスティナ人自体がハマスの行動を、そしてパレスティナ自治政府(ファタハ)どう思っているのか?ということです。ハマス単独では、イスラエルに勝ち目はないでしょうから、ガザ地区の住民としては「巻き込まれた」という思いかもしれませんし。 そのあたりをどう整理するかが、最終的な糸口なのかもなあ。

[15日 ロイター] – パレスチナ自治政府の通信社WAFAは15日、イスラム組織ハマスの行動を批判するアッバス自治政府議長の発言を公表したが、後でハマスに言及した部分を削除した。理由は明らかにしていない。

WAFAがウェブサイトに掲載した当初の発言は「ハマスの政策と行動はパレスチナ人民を代表するものではなく、(パレスチナ解放機構の)政策、プログラム、決定がパレスチナ人民を代表し、唯一の正統な代表だと議長は強調した」としていた。

ハマス批判、パレスチナ議長発言から削除 自治政府の通信社

「パレスチナ人は、ガザ地区の人、ヨルダン川西岸の人、イスラエル領内の人、外国に逃れていった人に大きく分けられる。政治観などは各地域の中でも一枚岩ではない。ガザ地区に関しては、ハマスのやり方に賛同していないパレスチナ人もいることは確実だ。ただ、イスラエルの占領政策、イスラエルという国家に対して批判的であるということは、ほとんどのパレスチナ人が気持ちを一つにしているということは言えると思う」

ハマスを「パレスチナ人」はどう見ているか?一枚岩じゃない政治観も パレスチナ系日本人研究者に聞く「どっちもどっち」で片づけないために

ちなみに、日本の公安調査庁は、ハマスを、テロ・ゲリラ組織と認定しています。政府の一機関とか政党という位置づけではないのね・・・。

他方、イスラエルとしては、これまでカウンターパートとしてきたパレスティナ自治政府(穏健派が主流だった)が強硬派ハマスをまったく制御できておらず、交渉相手として役に立たない以上、現時点では強硬派に対して強烈な打撃(攻撃)を与えるしかないーすなわちガザ進攻&市街戦 という残念な結論しか残っていないようにも思えてしまいます。双方にとって泥沼の道だともわかってはいるのでしょうが・・・

 

参考文献 これならわかるパレスチナとイスラエルの歴史Q&A