NHKスペシャル「パラレル東京」を見て感じたこと。

先週やってた、表記の番組を見ました。

30年以内に70%の確率で発生するとされる首都直下地震。このドラマは内閣府が公表した被害想定に基づき、「架空の東京=パラレル東京」で「そのとき何が起こるか」をVFX映像を用いて描いたフィクションである。
ドラマの舞台は、膨大な被害情報・映像が集まるテレビ局のニュースセンター。地震発生を“自分のこと”として捉えきれていなかったスタッフたちを「想定外」のできごとが次々に襲っていく―。

NHK

僕的にはテレビ局のニュース番組のスタッフが、少し感情的になりすぎじゃね?職業人としてもっと冷静に議論するだろ とは感じましたが、まあドラマですし、 東京で直下地震が起こったらどうなるか がよくわかりました。 いい番組だったと思います。

日本の場合東京が地盤ずぶずぶの脆弱地なのに、そこに 人口や社会中枢の一極集中しすぎなのが、被害が拡大する一番の要因なんですよね。 だから対応をって言われても、そもそも無理ゲーで、出来るのは対処療法、みたいなところがあるかと。ま、大都市と言うのは、あらゆるものが集中しているからこそ、価値があるというのも、また確かで、平常時はそこが魅力でもあるんですけどね。 

そのあとの土日のNHK特集でも、「東京の一極集中が問題 」とは提起していて、サントリーの新浪さんが「(成り行き上政府を代弁して)いま取り組んでいるところ」って言ってたんですが・・・

東京が大規模な地震に襲われたら壊滅的な被害が起こる と言うことはとっくの昔から分かっていたこと。先見の明のある人たちにより、本気の遷都計画(首都移転)ってあったんですね。 ところが、なんとなくそれが消えちゃってたんだよね。この国の場合。

1990年には衆参両院にて「国会等の移転に関する決議」を議決し、「首都機能移転を検討する」という基本方針を確認した。

法的には1992年に「国会等の移転に関する法律」が成立し、この法律に基づき候補地の選定などの準備作業に入ることになる。1995年の地下鉄サリン事件や兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)も災害やテロによる都市機能の麻痺の危険性を強く認識させ、首都機能の分散・移転論が盛り上がる一助となった。

1999年12月には「国会等移転審議会」が候補地として3地域を選定した。

その後、2003年には、衆参両院の「国会等の移転に関する特別委員会」にて、「移転は必要だが、3候補地の中でどの候補地が最適なのか、絞り込めない」形で中間報告を採択した。これは事実上の凍結宣言であり、その後、国政での話し合いは行われなくなった。

2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生すると、東京都内でも「帰宅困難者」の発生や計画停電の影響から交通を初めとした首都機能が麻痺し、その影響で被災地支援に影響をきたすといった事態が発生した。そのため東京一極集中の弊害が再認識され、
宮城など被災地自治体からも復興の一環として首都機能の東北移転などが提案されており、国会でもこうした議論を受ける形で再燃の気運が盛り上がった。しかし一方で、2011年7月の国土交通省の組織改変で、国土計画局の担当部署「首都機能移転企画課」が設置から18年が経過しながら議論の進捗が見られないとして廃止となり、首都機能移転に関する業務は新設された国土政策局の総合計画課に移管され継続されているものの、専従の担当者は居なくなっている。

その後も地方自治体では経済低迷や人口減少、東京一極集中への不満が根強く、中央省庁の一部移転が模索された。文化庁は京都市への全面的移転を決めて、準備を担当する地域文化創生本部を2017年4月に設置。消費者庁は徳島県の誘致を受けて一部業務の移転を試行している。

wiki 首都機能移転より抜粋

「大山鳴動して鼠一匹 」の好事例ですね(笑)。まあ、都会に住むことの便利さってのは、「平時に緊急時を想定して動く」ことを躊躇するほど、快適なものだから、仕方のないところかも。こういうの、典型的な茹でガエル現象って言うんだと思うな。

『2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する』

およそ人間は環境適応能力を持つがゆえに、漸次的な変化は万一それが致命的なものであっても、受け入れてしまう傾向が見られる。

茹でガエル

ってことで、国の施策なんて期待せず、冷水に入ったカエルは、個人でできることをやりましょう!

とりあえず、100円ショップでライトとホイッスル買って繋いどけ。ンで、それをいつも持っておくこと。これだけはやりましょう。それほどお金も手間もかからんよ。

地下とか建物の中とかで電気が切れても、とりあえず明かりと、外部に助けを呼べるホイッスルあれば、とりあえず落ち着ける(暗闇で震えてるだけじゃなく、何かやることができるから)。

防災バック持て とか、家具の耐震とか備蓄とか、いろいろやることはあるんだけど、それは各自調べてやればいいよね。

防災バックの一例

それと、この本をおススメしておきます。

「生き残る判断生き残れない行動」  (ちくま文庫) アマンダ リプリー (著)

内容紹介

テロ、自然災害、飛行機事故……。命が脅かされる状況で人間の体に起こる変化と“その時”への備えを、生存者の証言と科学者の研究から解き明かす。

内容(「BOOK」データベースより)

死に直面するような事態に陥ったとき、私たちの意識と行動は平常時からどう変わってしまうのか。地震やハリケーンといった自然災害、テロ、大火災、飛行機事故など、大惨事を生き抜いた人々の証言と、それを裏付ける心理学や生理学の研究成果から、危機的状況下での人間の状態を「否認」「思考」「決定的瞬間」の3段階に分け、適切な行動をとることのできる人の条件を解き明かす。

この本がいいのは、危機に際して人間の身体や心理がどのように反応するかを、心理学や生理学から解説していること。(例えば、危機に臨むと、血液は瞬時に通常よりたやすく凝固できるよう変化、超人的な活力を与えるため、大量のホルモンが体内で急増(これって、火事場のクソ力って奴ね)

で、それを踏まえて、身体をコントロールする人間として、何をすべきなのかを教えてくれるところ。 「パニックにならず冷静に行動しましょう」って完璧に正しいんだけど、パニックになる必然性や状態を知らずして、冷静になる対応ができるわけないよね。 

もちろん読めばそのように行動できる ほどたやすいことじゃないだろうけど、知っているだけで違うかも しれない。

「南海トラフ80%の内幕」(新聞記事)

いやあ、久々に「読ませる記事」でした。中日新聞の7回連載の記事です。  非常に長くなるんだけど、とても興味深いので、まず第一回記事の冒頭を引用します。 

それは昨年二月九日、地震調査委員会が、南海トラフ地震が三十年以内に発生する確率を「70%程度」から「70~80%」に変更したことを発表する、数日前のことだった。取材で「80%」の情報を発表前にキャッチし、「いよいよ東海地方に大地震が迫っている」と直感した私の頭の中では「防災対策は十分か」「地震が起きた場合の被害予測は」など、さまざまなニュースの切り口が駆け巡った。

 まずは専門的な観点の分析が必要と考え、名古屋大の鷺谷威教授に電話した。もちろん、防災のために警鐘を鳴らすコメントが返ってくると想定して。しかし、教授の反応は「個人的には非常にミスリーディング(誘導を誤っている)だと思っている」という意外な言葉から始まった。

 「80%という数字を出せば、次の地震が南海トラフ地震だと考え、防災対策もそこに焦点が絞られる。実際の危険度が数値通りならいいが、そうではない。まったくの誤解なんです。数値は危機感をあおるだけ。問題だと私は思う」

 誤解? 問題? 予想外の言葉に頭が混乱した。要領を得ない私に鷺谷教授はさらに驚くことを言った。

 「南海トラフの数値が高くなるのは、南海トラフだけ特別扱いになっているから。水増しをしているんですよ。ある部分だけえこひいきされ、そこには意図が隠れているんです」

水増し? えこひいき? 意図が隠れている? 想定外のコメントの数々が、ますます頭を混乱させた。80%の数値に何かからくりがあるのであれば、それを知っておく必要がある。

 「南海トラフだけ、予測の数値を出す方法が違う。あれを科学と言ってはいけない。地震学者たちは『信頼できない』と考えている。他の地域と同じ方法にすれば20%程度にまで落ちる。同じ方法にするべきだという声は地震学者の中では多いが、防災対策をする人たちが、今さら数字を下げるのはけしからん、と主張している」

南海トラフ80%の内幕(1)研究者の告発 小沢慧一(社会部)

(今のところリンク先で(7)まで全部読めるみたいだから、是非読んでみてください。)

 常識的に考えると、「小さい地震は多数発生するが、大地震はまれにしか発生しない(グーテンベルグ・リヒター則)」のだから、南海トラフ地震が 三十年以内に発生する確率が「70%程度」から「70~80%」に 上がること、と言うより南海トラフ地震 だけ突出して高い確率であることはおかしいです。一方で僕は防災を担う人たちの、「破局的な地震なんだから、ある程度数値を大きく見せて大げさに騒ぐことも必要なの」という意見も、科学としてはどうかとは思うけれど、実務を担う場合、少なくとも意図は理解できます(賛成はできないけど)。

南海トラフ地震にだけ高確率が出る時間予測モデルを使うことへの反対は二〇一二年十一月、地震調査委の中にある専門家会議の一つで、原案を作る海溝型分科会で噴出。いったんは、他の地震と確率の算出方法を統一した結果の「8~20%」と、従来の高い確率とを両論併記する案で固まった。その後、政策委側の委員会に地震調査委側の委員が出席し「防災意識の低下や数値の変動による混乱のおそれがある」とデメリットを補足した上で提案。しかし、政策委側の猛反発を受けることになった。その中で「われわれ防災行政を預かっている者」というある委員の発言が目に留まった。


「南海トラフは備えを急がなければならない。(防災の)理解を得るためには発生確率が高い(方がいい)ということ。下げると『税金を優先的に投入して対策を練る必要はない』『優先順位はもっと下げてもいい』と集中砲火を浴びる」

 同一人物とみられる委員はたたみかけるように、こう訴えた。

 「何かを動かすというときにはまずお金を取らないと動かないんです。これを必死でやっているところに、こんな(確率を下げる)ことを言われちゃったら根底から覆る」

 地震研究者たちからの提案は、防災学の側から激しい反発を受けることになってしまった。

(4)変更への反発 より

このような姑息な手段を取った場合、必ずそこには腐敗が起こります。「大げさに騒ぐことで、それ関連の予算が潤沢につくし、南海トラフ研究なら潤沢な予算配分されるけど、それ以外の地域の地震研究には予算配分されないとか、防災施設の建設の予算傾斜配分などの悪影響も出てくるんですよね。 その事実を知ったうえで、これが方便として有りなのか無しなのかを考えなきゃいけない。

そこで僕が一番問題だと思ったのは、いろんな議論(暴論?)の上にこの情報の公表があった という事実が隠蔽されかかっていたこと。

ふと、電話を切る間際に、鷺谷教授がつぶやいた言葉を思い出した。

 「そのあたりの経緯は全て、議事録に残されているんじゃないかな」

 早速、文科省に情報公開請求し、議事録を入手することに。待つこと約一カ月。入手した議事録で、私は関係者たちの知られざる、しかし、驚くべき発言の数々を目にすることになった。

(1)研究者の告発

 文部科学省は、議事録のすべてを最初から公開したわけではなかった。「税金を優先的に投入」「まず、お金を取らないと」。80%の確率を採用する決定打となったこれらの衝撃的な発言が記録された議事録は当初、文科省に開示を拒否された。それも「議事録はないので、公開できない」と担当者が伝えてきたのだ。結果的に公開されたのは、他の議事録の中に、このくだりの存在を暗示する発言を偶然見つけたからだ。

 開示された膨大な量の議事録をしらみつぶしにあたっているとき、ある委員の「非常にナイーブな議論があった。地震調査委員会側への圧力と受けとめられないように議事録から消したのか」という発言に目が留まった。この質問に対し、事務局は「社会的影響が考えられるときは非公開となるのだが、資料請求があった場合には、出すこととなる」と回答していた。「当時は委員会で公開を約束していたのではないか」と気付いた私は、文科省にこの部分を示し、再度文書を請求した。

 省内での検討のため、開示まで通常より一カ月長くかかったが、それでも部分的に「不開示」。文書で出てきた、一部を黒塗りにした理由に私はあぜんとした。

 「このような情報が公になることで、国民や報道関係者等から問い合わせが殺到するなど、国の機関または地方公共団体が行う事務または事業の適切な遂行に支障を及ぼすおそれがある」

 この理屈が通るなら、役所に不都合な情報は何も開示しないでいいことになるのではないか。

(7)実力不足の地震学

この国の場合、まだ該当の文書は「シュレッダーにかけたので存在しない。」って言われなかっただけ、まだましだったって思わざるをえないのかもなあ。

僕の経験だと、少なくとも数年前までの末端政府機関では「あるものは請求されたら出さなしょうがない。黒塗りが許されるのはホントに個人情報だけ」っいう運用が、普通だったと思うんだけど・・・少なくとも、もう少しまともな不開示の理由を考えると思うぜ(てか、こんな黒塗り理由、あり得ないだろ)

記事のとりまとめも秀逸でした。

◆低確率の地で続発

 二〇一六年に熊本地震が起きた熊本県や一八年に地震が起きた北海道は発生前、南海トラフに比べて発生確率が低いことを「売り」にした企業誘致をしていた。いずれも被災後は改めたが、低確率を根拠に災害リスクが低いとPRしている自治体は他にもある。

 同本部には、年間で約八十億円もの予算が配分され、その成果の看板施策がこの三十年確率と、各地の確率を日本地図に落とし込んだ「全国地震動予測地図」だが、同地図で低確率だった場所で地震が続発し、被害が出ている。

 被災地に取材で出向くたび、被災者たちから「次は南海トラフだと思って対策していなかった」「不意打ち地震だ」という声を聞く。国と地震学者が正しく情報を出さない限り、この「誤解」が続き、被害は増大するだろう。

 未来の地震を予測し、限られた財源を集中することは地震大国に住む日本人の夢だが、現時点の地震学で、正確な予測は不可能だ。

 未来の予測ではなく、過去に地震が頻発している地域を紹介するぐらいにとどめ、どこでも地震が起こり得ることを正直に伝えた方がいいのではないか。少なくとも、南海トラフにおける三十年確率のあり方を一日も早く適正化することを求めたい。

なんつーか、そろそろこの国では、わが身を守るために「大本営発表」をそのまま信じるんじゃなく、自分で情報を吟味していかないとマジでやばくね?って思っちゃいました。