三州街道〜見どころ味どころ

1.長野県阿南町 153号沿い そば「おにひら

ざるそば 700円

昔は、おんびらって言ってたな。 うまい蕎麦で、行きも帰りもここで蕎麦を手繰りました。  朝10時から開店していて、大みそかと正月以外やっているのもうれしいところ。

2.愛知県 足助町の街並み

紅葉の時期は有名な観光地(香嵐渓)。ですが意外に古い町並みが残っていて、ぶらぶら散策するとたのしいと思います。電柱の地中化した表通りも良いですが、川に面した建物群や川への路地がとても興味深いと思います。(張り出し濡れ縁?や河原へ降りる階段など)

しかし車の駐車場所が良くわからなかった。

3.長野県 県道15号(飯田飯島線)

少し狭いですが、通行車両も少なくバイクで走るととても気持ちいいです。ところどころ旧街道の雰囲気が残っています。

4.長野県座光寺 「元善光寺」

善光寺だけ参るのは「片参り」だそうで。善光寺の本尊は、もともとここに安置されていたそうな。建物は小さいけど、けっこう立派ですよね。

5.長野県伊那市(駅前)  ラーメン「原点」

原点ラーメン醤油味大盛り

高校生御用達。太めの麺にコテコテのスープ。独特ですが、また食べたくなる味です。イメージは二郎系にちかいかも。伊那に住んでるときはちょくちょく行ってまして、たまらなくなり再訪。原点ラーメン750円、大盛り+100円でしたかね。ゲェップ。食べ終わってから、ああ、ここ自分的には普通盛りでちょうど良かったんだった と思い出した(笑)。しかし、ごちでーす。

6.伊那市 創造館

旧伊那市図書館。全然有名じゃないのだけど、ここに神子柴遺跡という、旧石器時代の石器が飾られているのじゃ。重要文化財。これが美しいんじゃよ。伊那にいるときは時々見に行ってた。もちろん無料。 定休は毎週火曜日と祝日の翌日 時間は午前10時から午後5時まで

黒いのは、かの有名な「黒曜石」でできた石器。下は石器を取るための母石ですな。

「黒曜石」ってのは鋭い刃がつけられるってんで、石器としては最高級品なんです。小学生の僕は、図鑑でそれを知って黒曜石落ちてないかな〜と登下校の折なんかに石を見てたんだけど、写真で見るとわかるけど、これって火山性ガラスだからそこらには落ちてないのね。中部地方で算出するのは長野県の「和田峠」しかないから、当時は交易で手に入れるしかない貴重品だったのれす。

他に、灯火として使ったのではないかと思われる、縄文時代の土器もあります。(重文)

表側
裏側(縄文お約束の「蛇」文様)

昔はエアコンがなかったけど、行ったらついてて涼しかったよ〜。

塩の道〜三州街道

三州街道とは、愛知県の岡崎から長野県の塩尻まで続く街道で、海岸で製塩した塩を、内陸へ運ぶ道として使われた街道です。

運ばれた塩の主産地の一つは、西尾市吉良町の「饗庭塩」です。吉良南部は古くは饗庭郷と呼ばれたので、そこから饗庭塩という名称がつけられたようです。

復元された入浜塩田(吉良饗庭塩の里)

造った塩は、矢作川の平坂湊に運ばれ、ここから川船で川を遡って岡崎へ運ばれます。

岡崎は徳川家康の生誕地として有名ですね。ここに塩の専売権を持つ商人の集まりである「座(塩座)」があり、塩の商いを一手に仕切っていたようです。

なお、岡崎は「八丁味噌」という豆味噌でも有名ですが、八丁味噌の主原料は大豆と塩。塩はにがりが少ない「饗庭塩」が、大豆は各地から回船を通じて平坂湊を経由し運ばれてきました。造られた味噌は今度は逆に川を下り、平坂湊から各地へ(大消費地江戸に生産量の四割程度)運ばれていたようです。

現在の平坂港

現在、平坂港は浅い水路のようで「ほぼ死んでます」が、往時は幕府の定める「三河五港」の一つとして栄えたんです。

さて、岡崎に集められた塩は、馬の背に載せて足助町に運ばれました。足助には塩問屋があり、岡崎を経由して運ばれた饗庭塩の他、名古屋から飯田街道経由で入ってくる西国の塩も流入していました。各地から運ばれた塩は俵の形や重量、品質がまちまちだったので、この足助でブレンドし「足助塩」としました。

ブレンドの親玉  足助に最後に残る塩問屋「莨屋」(表通り側)
莨屋の裏側は川に面す(中央の建物) 興味深い造りです。

「饗庭塩」は、ここで「足助塩」にブレンド&ブランド替えされ、信州に持ち込まれました。足助で塩は取れないのに足助商人恐るべし。今や足助は山間の小都市ですが、街並みを見ると当時はさぞ栄えたんだろうね。

足助の街並み

足助塩は一俵7貫目(25kgくらい)で統一され、これを馬一頭に四俵積み、武節(稲武町)等を経て伊那谷へと送られていきました。飯田までの道は、現在の153号です。※稲武町に「中馬」資料館があります。塩の道資料も少しあります・・・

飯田から先は「伊那谷」と言われる南北に細長い盆地です。盆地の一番低いところを天竜川が流れ、谷の西側には中央アルプスが、東側には南アルプスが聳えています。

飯田から北へ延びる街道は、天竜川沿いの平地を走るのかな・・・?さにあらず。中央アルプスの麓の小高いところを走る県道15号がそれです。道々には一里塚の跡が残り、ところどころ旧街道の風情を醸し出しています。

県道15号沿いの道標

伊那谷を北上する塩運搬の最終地点(尻)が、「塩尻」。伊那谷盆地の北に塩尻市があるわけ。もっとも、塩尻は、北陸方面から送られた塩の終着点でもあったでしょう。

今回は用事で伊那市に行くついでに、塩の道現地踏査を兼ねて、原付ツーリングして来ました。西尾から伊那まで、現代の動力馬で駆けること約6時間、約170km。街道の見どころはまた次回紹介します!

 

参考文献

西尾市史、吉良町史、定本「矢作川」、岡崎市史、吉良饗庭塩の里(西尾市吉良歴史民俗資料館)展示物およびパンプレット