日月山水図屏風

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左右一組(一双)の屏風。大阪府にある金剛寺所有の重要文化財です。

春夏(右側)
秋冬(左側)

二つの屏風で、左双には秋と冬の山を、右双には春と夏の山を配し、その中央には逆巻く波を配しています。また左の山には滝と雪、右側の山には桜が咲き柳が(見にくいですが)配置され、左双には月、右双には日が描かれているので、日月山水図になってるわけですね。

暗くて見にくいこの写真、昔から私の部屋に飾られているものです。

それが、現在名古屋の徳川美術館で開催されている「金と銀の国ジパング」という特別展(後期)に現物が来訪しているとのことで、見に行ってきました。 山水画は描かれた現地に行って鑑賞するのが一番でしょうけど、なかなか河内まで行く機会がなくて。

しかしまあ、のびのびとしたいい絵ですね。山の形もおおらかだし、あんまり日本の山ではないような気もしますけど。

第一屏風として一双揃えておけば衣替えせず、四季を通じていつでも出しておける実用性が、不精としてはありがたいですね。僕のはハガキ大のサイズだけど(笑)。

僕がこの絵を知ったのは、白洲正子「かくれ里」からでした。一部抜粋します。

「これほど一双が対照的で、優劣の定めがたい屏風はない。春の山は今桜が盛りで、いつとはなしに夏がおとずれ、やがて目をうつすと、紅葉の峰から滝が落ち、はるかかなたに雪を頂いた深山が現われる。その麓を巡って、急流がさかまき、洋々たる大海へ流れ出る風景は、日本人が自然の中に、どれほど多くのものを見、多くのことを学んだか、無言の中に語るように見える。」

「宗教画が風景画へうつって行く、過渡期の作と見ることができる。過渡期というと、中途半端の代名詞みたいだが、過渡期ほど多くの可能性を包含し、期待にあふれた時期はない。制作年代は室町とも桃山とのいわれるが、室町こそそういう時代だと私は思っている。そして桃山期に完成した風景画、特に宗達には大きな影響を与えたにちがいない。宗達もずい分好きな作者だが、残念ながら彼にはもうこの屏風からほとばしる気韻と新鮮さはない。装飾が勝ち、工芸品になりすぎている。これは宗達ばかりではなく、桃山時代の通弊で、ものが頂点に達した時の悲劇であろう。」

なるほどねぇ。 「後期」特別展(5月9日〜28日)では、絵:俵屋宗達 書:本阿弥光悦 の「鶴図下絵和歌巻」(重文)も出てるので、合わせて鑑賞するのもよいかも ですね。僕は白洲さまほどの鑑賞眼はありませんが、代表的な屏風絵って、もう少し「絵」と「余白」の「間」を大事な要素にするものが多いように感じています。それを基準にすると、この屏風は所狭しと画材を盛り込みすぎ。それでもまとまってるんですね。それが過渡期の絵と言われると、そうかもな って。

この特別展、ブラブラ見てると、あれ、平家納経来てるじゃん(国宝)とか、十二天画像のうち帝釈天(国宝)とか、いろいろ出てました。あまり騒がれてませんが、結構いろいろ陳列してあります。 「金と銀の国ジパング」にふさわしく、 黄金の茶器とか日用品、小判とかね。正直言って、「黄金の茶器なんて悪趣味すぎ」 とずっと思ってきましたが、現代のように明るい照明のない時代、蝋燭のゆらゆら揺れる薄明りを反射する金や銀の輝きって、なかなか良いものかも って、先日西本願寺の夜間拝観に行ってから思い始めてるこの頃。

この時代は、今とは比べ物にならないくらい格差社会です。金と権力を持つものは、金に糸目をつけず良いものを追求します。それが「いい社会」だったとは思いませんが、やっぱ鷹揚なパトロンがいたほうが、芸術は盛んになるように思います。とすると、今後の日本社会は、芸術が発展するのかなぁ(笑)。

これで一般1400円というのは高いのか、安いのか(市立図書館で手に入れたチラシがあったので200円引き)

 

ついでに「徳川園」も見てきました。美術館側から入ると、眼下に池が広がって気持ちいいです。御三家筆頭の地の庭としてふさわしい感じ(高層マンションが無ければね・・・)。ともあれ地形の高低差をうまく利用してます。高低差を埋めるために滝を造るとか。

眼下に庭(池)が広がる
落差を処理する「滝」

下の池ものんびりした回遊式庭園です、何組かのカップルが、和服姿で写真を撮っていました。結婚の記念写真によさそうですね。

回遊式庭園

 

 

 

 

 

 

投稿者:

モト

元河川技術者、現在は里山保全の仕事をしているおっさんです。西尾市在住の本好き歴史オタク。

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