西尾の文化財(4)   幡頭神社

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今日は幡頭神社です。 本殿が桃山時代(1580)の建築で、国の重要文化財です。それと並立する神明社本殿と、熊野社本殿も同年の建造なんですが、こちらは県の指定文化財です。この落差はなんでしょうね?

駐車場:恵比寿海岸の駐車場に停められます。海水浴シーズン(7,8月)でなければ停められると思います。

幡頭神社の三社

よく見ると、屋根の形が違いますね。 中央(幡頭神社)と右側(神明社)は切妻屋根で棟が東西に向いているのに対し、左側(熊野社)は入母屋造りで南北に棟が向いてます。普通だと、入母屋のほうが格式が高いのですが?ま、ともかくこの三社が並び立つところは美しいですね。

神社は本殿の正面に拝殿がありますんで、つい拝殿を見て「これが重要文化財かあ、写真撮って帰るか」と間違えてしまうのですが、ここは親切で「本殿はうしろだからね!」と教えてくれます。本殿をしっかり囲み、あまり見えない神社も多い中、ここは本殿がじっくり見られるようになっています。ありがたいことです。

注意看板

せっかく注意してくれてるので、間違えないようにしましょう(笑)

この神社の祭神は建稲種命(たけいなだねのみこと)。日本武尊の東征に旗頭として従った建稲種命は駿河沖で遭難し、遺骸が宮崎海岸に漂着し、当地に葬られたと伝えられています。

※追加補足

建稲種命は『古事記』に尾張連の祖とある「建伊那陀宿禰」と同一人物で、ヤマトタケル尊の妻だったミヤズ姫の兄である。(wiki)  建稲種命はヤマトタケルの義兄だったってことです。ここでいうミヤズ姫はヤマトタケルの遺品(剣)を実家の近くにお祭りしました。それが熱田神宮。剣は草薙の剣です

旗頭(はたがしら)→幡頭(はず:神社名)→幡豆(はず:町名、地名)    と変化していったのですね。

また、本殿の左奥(西側)には、あちこちの神様が分祀されています。 秋葉神社、津島神社、金刀比羅宮、石清水八幡宮   出歩かないでお参りできるから便利(笑)。

ぱっと思いつくところでは、秋葉神社→火防けの神様、金刀比羅宮→海の神様 ですね。漁師町で平地が少ないので、家屋が密集し火事が怖いのと、海で生活しているから、大漁や海上交通の安全を祈ったことでしょう。

またこの建物に、地元の厄年の人たちの写真がたくさん貼ってあります。厄年の年は神社にいろいろ奉納してお祓いを受けますから、このような形で、地元の人たちは神社を大切に守り伝えて来たということでしょう。

さらに隣には、稲荷神社があって、鳥居がたくさん並んでます。ざっと数えて36かな。伏見神社には敵いませんが、鮮やかなもんです。

鳥居

隣にはお約束?伊勢神宮の崇拝所もあります。あると明治期以降、お上の覚えもめでたかったはず(笑)。

崇拝所

おっと、言い忘れました。この神社は、海にほど近い丘の上にあります。津波の時の避難場所、或いは海上を見渡す見張り所や灯台のような役割をしたのかもしれません。したがって、参道はかなりの急坂です。ゼイゼイ。

参道  キツイ。
境内からの眺め

幡頭神社に伝わる面。桃山時代の鬼面だそうです。(岩瀬文庫にて)

投稿者:

モト

元河川技術者、現在は里山保全の仕事をしているおっさんです。西尾市在住の本好き歴史オタク。

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