書評「池上彰の教養のススメ」

「池上彰」「教養」と、「ベたな」キーワードを並べてタイトル付けやがって。こんなタイトルだと、普段本を読んでる人は、誰も手に取らないじゃないか・・・

身もふたもないことを言ってしまうと、池上先生のお話はいつも「そうですよね、おっしゃる通りですね」と異論はないのだけど、あんまりスパイスは効いてない感じ。優しく解説してくれるのだってすごいことなのだけど、僕の感想は「(スパイスあんまりかかってないから)食欲湧かないから買う必要はないかな、借りてサラッと読めば十分かな」 ってところ。

が、この本は正確には池上彰「著」ではなく池上彰「編」。つまり対談集です。うまく対談相手のコメントを引き出してます。 なかなか対談相手に「いい質問ですねえ!」本質的に著者というより解説者、ファシリテータに向いてるのでしょう。

最近は人文系とか大学で教えても役に立たねぇから、もっと実学にシフトしたらいいんじゃね?という風潮ですね。その主張も分らんでもないけど、他方で日本の理系大学の最高峰、東京工業大学では「リベラルアーツセンター」ちゅうものを設置し重視してるところもある※。じゃあ理系大学の教養部に呼ばれた文系の先生はどんなことしてるのか、知りたくない?

本が出された当時のセンター所属の先生は3人しかいない。池上先生と「文化人類学者・上田紀行」「哲学者・桑子敏雄」おしまい。

本題に戻ると、この本はこの3人の対談と、池上先生が他の二人+「生物学者・本川達雄」にインタビューした対談集になってます。

哲学者・桑子先生  昔「環境の哲学」という本を出されました(難しいんだよ。大事なことを書いてるような気がするけど・・・)。そこから建設省が、この人ファシリテータに最適じゃね?とリクルート。 哲学者が、現実社会でいろいろもめている現場の社会的合意形成を図ることになりました。

哲学をやってる人が、現実の社会的対立の解消に乗り出すのってなかなかいいアイディアだと思うな。 たぶん哲学以外に「政治力学」とか「地域人類生態学(怒鳴る黙るの関係・集団特性など)」とかいろいろ勉強しないといけないけど、途中であきらめなければ、それを整理して社会的合意に結び付けるのに、そして合意形成一般論をまとめるのには向いてると思うんです。

で、この対論でいろいろ書いてあって面白いです。こういうのは、成果を真面目な本にまとめるより、対談形式のほうが解説とか分かりやすいかもしれない。事例は社会資本ですけど、社会的対立はどこでもありますし、その解消ってどうやればいいの?って悩んでるところはあちこちにありますもん、なんか役に立ちそうな対談ですよ。

文化人類学者・上田先生 「癒しの時代をひらく」って本を書いて、文字通りある時代の日本社会に「癒し」ブームを開いちゃった人。 まあ今もかもしれないけど、みんながそれを求めていたものに、良くも悪くも「癒し」という、しっくりくる名前を付けちゃうのは凄いわなあ。

「日本人が無宗教なんて嘘。だって初詣行くしお守り買うじゃん」「日本は神様仏さまが会社にいた」「アベノミクスは会社に神様を復活させようとする取り組み」

みたいな。まあそういう観点で個人と会社の関係を考えるのも、一つの手ですねえ。

生物学者・本川先生  歌はあんまり好きじゃないけどさぁ、昔出た「ゾウの時間 ネズミの時間」は衝撃的な本でしたね。

まあ、この対談は「すげー」っていうより、生態学を勉強した僕は「共感」しちゃいました。

「(ナマコの研究してるけど)ナマコ別に好きじゃない。尊敬はしてますが。だって素粒子やってる人に素粒子を好きかと聞きますか」 「生物学の世界では、学問をやる以前に生き物好きが多い」

「人間は「ヒト」である前に生きものです。」

「生物は生き残って子孫を増やすという目的を持ったシステム。そのシステムは細胞からできており、細胞はエネルギを使って活動をしている。 企業も生き残って売り上げを増やすという目的を持ったシステムで、そのシステムは個人という要素からできており、その個人がエネルギーを使って活動している。こう定義すると、生物も企業も同じです。だとしたら、生物のサイズの法則性が、経済学にも当てはまってもいいのではないでしょうか?」

そーなんだよ! 僕生態学学んだのは、人間は「ヒト」であるけど、生きものでもあるから、人類の歴史と未来を知るための基礎知識として、あるいは人間社会と環境のかかわりを知るのに役に立つだろうと思ったからだし、研究対象としてカワウを選んだけど、別にカワウ好きじゃないし。(そもそも生き物好きでもない)

「「役に立たない」学問が悪いのか?本当に大切なのは「役に立つ」ではない。それは手段にすぎず、その先の人間が「幸せになる」かが目的のはず。   かつて「役に立つ」が「幸せ」をすぐにつれてきた時代があった。モノや食べ物が不足しているときには、それがあればみんな幸せになる。でも今はモノも食べ物も溢れている。 そんな時代にこれまでの発想の延長線上にある「役に立つ」が、はたして人間に「幸せ」をもたらしてくれるでしょうか?」

まあ、教養を生み出した古代ギリシャ貴族社会では、一人のソクラテスを生み出すために、数百人規模の怠け者を生み出したでしょうし、ソクラテスは死ななければいけなかったわけですけど。

アマゾン中古で350円だったので、ぽちりましたが、この本なら買っても損はないと思うよ。ちょっと表紙が恥かしいけどねえ。

※設置は2011年ですが、東工大って昔から教養を重視してるみたいで、川喜田二郎、橋爪大三郎、江藤淳とかなんで東工大に?って人が先生やってます。

 

ちなみに。僕が「教養の必要性」について読んで一番納得ができたのは、山形浩生「新教養主義宣言」でしたね。 教養なんで必要なのよ?文+いろいろな雑文からなってます。

教養はさておき、この雑文が楽しめます!書評でもあるしお得。「筋は通ってるしやったらオモロそうだけどさ、今の社会でそこ言っちゃうと、アータいろいろやばくね?」 このくらい奇想天外な説の本筋を、揚げ足を取ることなく議論できるような社会であればなぁ  とは思いますね。

投稿者:

モト

元河川技術者、現在は里山保全の仕事をしているおっさんです。西尾市在住の本好き歴史オタク。

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