西尾の文化財(21) 佐久島 八劔神社・阿弥陀寺等

先日機会を得て、佐久島に行ってきました。 標題の神社とお寺は文化財ですので、いつかは訪れるつもりでしたが、「渡船してまで、なかなかね」と灯台元暗し状態でした。船だから思いついて原付バイクで走ってく わけにもいきませんし。

ところが、つい数日前図書館で吉良町史を読んでたら以下のような興味深い記述を発見。

なお、幡頭神社から正面に見える羽豆神社を見通すと、その延長線上に伊勢の山並みが見られるが、それを地図で確認すると外宮に至ることがわかる。この三社が一直線上に並ぶことに、特別の意味があるのだろうか。

宮崎にある幡頭神社佐久島の八剣神社、師崎の羽豆神社は、みな尾張氏の祖である「建稲種命(たけいなだねのみこと)」を祭っています。

伊勢神宮は熱田神宮ともつながるけど、伊勢と三河(吉良・幡豆)とのつながり、なんと面白そうなテーマ。

なるほどね。            ※熱田神宮は江戸時代まで伊勢湾に近接(七里の渡し)

おおー。八剣神社に行きたくなって来た!。

都合よく「朋、遠方より来るあり、亦た楽しからずや」それでなんと「翌日は佐久島へ行きたい」と述べたもう。これって「鴨が葱を背負ってくる」例文かな? いや違います。正しくは「渡りに船」あるいは「求めよさらば与えられん」の好例かと。

翌朝、天気曇天ニシテ波穏ヤカナリ

渡船

ということで島に渡り、西港から寺のある東港を目指します。  島の人口は260人程度。1950年に佐久島村が一色町に合併した際は1600人ほどいたそうで、過疎の島ですね。そこで最近アートの島として売り出し、この日も若い人を中心にそれなりの散策の人もいたんだが・・・

アート・・・ねぇ・・・まあ一言だけ言っておこう。設置したらちゃんとメンテナンスしなさい!塗装が剥げてると台無しだから!

※追記。西尾市報(2018.3.1)によれば、同年2月4日の「黒壁運動」でボランティア140名の手できれいに黒く塗り替えられた街並みやアートが息を吹き返したそうです。行くならきれいなうちがチャンスだ!!

あとは魅力的な飲食店が欲しいところですが、正直島の人口と観光客数から考えると、なかなか厳しいなあ・・・。島の魅力はあり、悪くないとおもいますが、今一つってのが正直なところ。

西港付近(黒壁の残る古い町並み)
おひるねハウス
集落は細い路地が続く

 

 

 

 

 

メインロード(ほとんど家無し)
西集落 崇運寺

 

 

 

 

 

中央部小中学校がポツンと

 

 

 

 

 

 

体験マップ

島の構造はなかなか興味深いです。

それほど大きな島ではないけど集落と港は完全に西と東に分かれ、中央部に何もありません。正確には近代になって何もない中央部に東西を結ぶメインロードが通り、両方から来るのに便利だから小中学校、JA駐在所、中電、診療所ができたという感じです。したがって中央に住宅はほとんどありません。まあ中央部は地形的に港が造りにくかったのかもしれないですけど。wikiによれば

東集落には筒井姓が、西集落には高橋・藤井姓が多く、戦前までは集落間の通婚は皆無に等しかったとされる。

江戸時代の佐久島は他地域に比べて生活水準が高く、幕末時点でも瓦屋根を持つ民家がほとんどだったという           佐久島

ふーん。 ともあれ、お目当ての寺と寺院は東側にあります。

八劔神社(神明社と同居)

拝殿
八剣神社・神明社本殿は格子の中

残念ながら、文化財の本殿は格子の中で様子はわかりません。年一回のお祭りの時には拝見できるようですが。近くに阿弥陀寺もありました。

一応覗けましたが、遠いなあ・・・桃山時代の観音菩薩像だそうです。

西集落に崇運寺、東集落に阿弥陀寺と正念寺と3寺あるのですが、200人規模の島民で、正直これだけの規模のお寺の維持は困難でしょうね・・・

正念寺

と、途中書きかけていた、伊勢(ヤマトタケル関係)と三河(幡豆)とのつながりだけど、古代の尾張氏つながりだけでなく、

  • 吉良の饗庭御厨(あいばみくりや)は伊勢神宮領だったこと。
  • 吉良持広は松平広忠が松平一族の紛争で岡崎城を追放されるとこれを保護し、所領のあった伊勢国に招き入れたと伝わること。
  • 佐久島は吉田(豊橋市)と伊勢神宮の結節点としても栄えた。陸路4日が海路では最短半日で遠江国や三河国など近隣諸国からの参拝者に多く利用されたという。

等の点からも、かなり強固なものだったのではないかと。まあ今の我々が考える交通機関は自動車、トラックや鉄道が主でしたが、明治時代くらいまでは舟運が第一ですからね。

伊勢と三河とのつながりに関しては、ブログ「神社の世紀」さんが「ハズ世界」という概念を打ち出されていて、興味深いです。

 

 

※西尾市の辺りは歴史的には「吉良荘」でしたので、吉良町史は西尾市史でもあります。さらに、たいていの市史が辞書風なのに吉良町史は読み物で読んでて面白い。町史の記事をミステリー風に終わらせていいんす?と思う一方、それはそれでお茶目で大変よろしい。 まず読まれてナンボだしね。(そういう意味では、愛知県史は最悪。)

西尾の文化財(20)西尾の寺院 寺院数と宗派

※全国版の情報はこちらです。

西尾の文化財をめぐると、必然的に寺院が多くなり、寺院に行くと「このお寺は〇〇宗××派か」というのが一つのチェック点になります。何度もそれを繰り返すと「西尾には寺がいくつあって、どんな宗派がどのくらいあるのか?」当然知りたくなります。

ってことで西尾市立図書館で調べてきました。 愛知県史にも、西尾市史にも、吉良町史にも、西尾市の統計にも載ってなくて、資料探しに苦労したよ・・・。

結局 愛知県総務部私学振興室発行「愛知県宗教法人名簿」 昭和60年12月 

を見つけ、それをまとめました。(西尾市立図書館の分類番号はA0-165  2Fの地域参考書コーナーにあります。)何せ政教分離のご時世でございますので、なかなか行政の統計がないのは覚悟してたんだけど、まさか県私学振興室が担当とは・・・。

発表します。西尾市(旧西尾市、旧吉良町、旧一色町、旧幡豆町)の概略寺院数(正確には仏教宗教法人数)は昭和60年12月現在、303寺です。内訳は細かいので、えいやと伝統13宗※と「その他」「単立」に分類します。細かく見たい人は、図書館に行ってな。

華厳宗0、法相宗0、律宗0、真言宗6、天台宗0、日蓮宗9浄土宗156浄土真宗90、融通念仏宗0、時宗0、曹洞宗17臨済宗14黄檗宗1その他4単立6  合計303  ふう。

※wiki「日本の仏教」に載ってる伝統的な仏教の13宗。

一番は浄土宗。そういえば、隣接岡崎市出身の徳川家康の馬印は「厭離穢土欣求浄土」。これ浄土教の思想だし、松平家・徳川家の菩提寺は大樹寺(浄土宗)だから、家臣団の出身地でもあった西尾市も浄土宗が盛んだったのか・・・

残念。ちがうようです。西尾の浄土宗は、浄土宗西山深草派(116寺/156寺)が浄土宗(39寺/156寺) を大きく引き離して優勢。なんでだろ?

調べてみると、これはむかーし岡崎に深草派の道場(岡崎・法蔵寺あたりとされる)があり、そこからお寺が派生したからのようです。前に探訪した養寿寺がそうでしたが、西山深草派は三河地方に総本山誓願寺に次ぐ中本山の格式の寺院群「三河十二本寺」があるんですな。つまり西山深草派の一拠点ってわけ。

二番は浄土真宗。三河一向一揆 (戦国大名・家康が三河統一に際し、国と家臣団を二分し争った)の一方の主役である浄土真宗が一番多いんじゃない?と思っていたけど、違いましたね。 ちなみに東西内訳は、真宗大谷派(本願寺)80/90と浄土真宗本願寺派 (西本願寺)10/90となっており、東がだいぶ優勢。

そのほか西尾で特徴的なのは

臨済宗。西尾の臨済宗14寺は、すべて妙心寺派。そのうち13寺は、昨日記事をアップした実相寺の法縁の寺か末寺(法光寺、実相寺、金剛院、願成寺、長久院、善寿院、清秀寺、観音寺、華蔵寺、花岳寺、泉徳寺、長福寺、長寿尼寺)。「実相寺の住持にして中興の大原雪斎により、実相寺統は皆妙心寺派になった!」というのはまことでありました。当時の実相寺は権力あったのですね・・・

文献で実相寺とのつながりがわからなかったのが、吉良の西岸寺。  また調べてみよう。

 

真言宗とか、日蓮宗が少ないのも特徴だねえ。そこあまり読んでなかったけど、真言系と天台系は途中で臨済宗や浄土宗に変わった寺が結構あったと思います。あれ、そういえば天台宗が無い。

あと黄檗宗!1寺とはいえ西尾に黄檗宗の寺があるとは。えーと・・・小島にある東禅寺。 あ、このお寺知ってますよ。「伊奈忠次」ゆかりのお寺ですよ。

伊奈忠次は初代関東郡代で、小島城主(の倅?)、治水技術「関東流」とも関わっているようで、個人的に注目している人の一人です。

閑話休題。黄檗宗は、京都は宇治市の萬福寺が本山の禅宗の一つ。ただし江戸時代に来日した隠元隆琦が開祖(1654年)と始まりが新しいのです。(それ以前に華僑の多い長崎で広まり、寺も建てられていましたが。)萬福寺は臨済宗や曹洞宗にはない、中華風の反り返った屋根を持つ寺院建築とか、普茶料理とか目新しくて魅力的!。これは東禅寺も調べに行かねば!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「愛知県宗教法人名簿」には神社の統計もあり・・・八幡社とか稲荷とか内訳は無いんですが・・・西尾の神社は161。そんなに少なくないだろ・・・まあこれは「宗教法人数」ですから、その辺にある祠は入ってないすよ。

さらに愛知県では・・・という数字もまとめましたよ。それによると

※寺院数・神社数は宗教法人数、面積(km2),人口(千人-2017.8)

愛知県の寺院数9394 神社数6803  面積5172 人口7525    そのうち、西尾市の占める割合は寺院数303(3%) 神社数161 (2%)  面積161(3%)人口169(2%)

西尾市は「小京都」って売り出していますが、おおざっぱ統計では残念ながら、面積や人口の割に寺院数が多いとも言えませんでした。城下町である旧西尾市と、合併前の県内他市と比較したら何か出るかもしれませんが、んー、旧西尾市も広いしな。めんどいのでヤメ。

ちなみに愛知県のコンビニ数(上位7チェーンのみ)は3748件.愛知県の小学校数は980校(H27.5)ですから、どんだけ寺院が多いのよ〜ということは言える。あ、全国一だそう。数が全然違うんだが・・・

他の参考文献 西尾市史、吉良町史、wikipedia、Google先生