西尾の文化財(15) 一色の大提灯(諏訪神社)

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県指定の有形民俗文化財 一色の大提灯六組 付柱組み一式

すでに鳥居のところから、大提灯が見えてますがな。

8月26日、27日と一色の大提灯祭です。 夜に行くと人がいっぱいなのでもちろん行きませんが、「昼行灯」なら人も少ないべ・・・と久々に見に行きました。前は小学生の時に行きました。夜店の記憶しかないですが。

詳しい説明は、広報にしお の8月1日号(特集2)に載ってます。

西尾市の広報誌ですが1日号と15日号がそれぞれ30ページ強と充実しています。密かな愛読書です。特集「一色の大提灯」は、まるで情報誌並みの情報量です。市報なので歴史面も詳しいのもマニア好み。まあここは意見の分かれるところ。

さて、諏訪神社っていうくらいですから、神社の始まりは永禄年間(1560年ごろ)に長野の諏訪神社から分霊したことにはじまります。

この辺りは海辺です。昔々、夏から秋にかけて海に魔物がでて人々を苦しめていたので、神社で「かがり火」を焚いて魔物を追い払っていました。それが江戸時代に提灯を灯すことになったそうです。 その提灯ですが「六組」とあるように、町内(組)毎に出すわけ。

となると、「隣の組に負けるわけにはいかん!」 漁村でもありましたから、漁船の帆柱をヒントに柱を立てる仕組みを導入し、提灯はどんどん大きくなりました。倹約のため、藩が出した巨大化競争禁止令に反してまで、大きくした組もあり、入牢騒ぎもあったとか。 

そんなこんなで提灯はここまで大きくなりました。おかげで後代に文化財にもなり、めでたし、めでたし。

魔物いうのは、時期的には台風による大嵐ですな。 方向を失った船の目印にするため、夜を徹して大かがり火を焚いたのが始まりなんでしょう。最初は「稲村の火」のような出来事か?とも思いましたが、ここはそれほど高台ではありませんので。

さて、記憶の中の「夜店」ですが、日中でもかなりの屋台が出ておりました。日中もそれなりに人出があるってことですね。

拝殿
提灯倉庫

もちろん夜間は提灯内部の蝋燭に火が灯ります。提灯には様々な絵が描かれており、さぞきれいなことでしょう。が、ここ駐車場があんまりないのよね。 夜行くとまずそれが大変なの・・・

近くに一色港があります。平坂湊と違い、まだ現役の漁港です。まあ三河湾の魚は、ずいぶん枯渇してきてますけれど・・・

提灯に書いてある絵  神話や時代劇が書かれています。題材が渋い!

天岩戸図・八咫烏図・景行天皇筑紫征討図・吉備大臣帰朝祝宴図・静御前舞楽図・大塔宮凱旋図等

 

 

投稿者:

モト

元河川技術者、現在は里山保全の仕事をしているおっさんです。西尾市在住の本好き歴史オタク。

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