西日本豪雨で、愛媛県・肱(ひじ)川の野村ダムなど6府県の8ダムの水量が当時、満杯に近づき、流入量と同規模の量を緊急的に放流する「異常洪水時防災操作」が行われていたことが、国土交通省への取材でわかった。一部の下流域では浸水被害も起き、ダムの許容量を超える深刻な豪雨だったことが改めて裏付けられた。・・・異常洪水時防災操作で大量の放流が実施された。7日朝から昼過ぎまで異常洪水時防災操作が行われた野村ダムの下流域の愛媛県西予(せいよ)市では、氾濫による浸水被害で5人が死亡。鹿野川ダムや、野呂川ダムの下流域でも浸水被害が出た。
「ダム」は洪水時に水を貯めて、下流に流れる水量を減じ、洪水を防ぐことが期待されています。
洪水が来ると、ダム湖に水を貯めることで、下流にはダムに入って来るより少ない水量を流します。 その分、ダム湖の水位は上がります。
通常の洪水なら、洪水の終わりまでこの状態を続け、ダムは立派に災害を防止する役割を果たします。洪水が終わったら、ダム湖に貯めた水を少しづつ(下流に影響を及ぼさない範囲で)放流し、次の洪水に備えダム湖の水位を下げていきます。
が、洪水が想定以上に長引くと、川の水量が下がる前に、貯めた水でダム湖が満杯になってしまうことがあります。そうするともう貯められないので、ダム湖に流入する水量を、そのまま下流に流すことがあります。これが「異常洪水時防災操作」です。専門家の間では「ただし書き操作」と呼ぶこともあります。
まあ説明すると難しそうですけど、要は家庭の洗面台にある穴と同じです。
最近の洗面台にはついてないんですね・・・。この穴がないと、何かの拍子に栓をしたまま水道の蛇口を開けっ放しにしてしまうと、床が水浸しになってしまいます。風呂の浴槽で実践してしまった人もあることでしょう。
洗面台の場合は、入ってくる水の量が一定(水道の蛇口)ですから、写真のような穴でいいのですが、ダムの場合はどれだけの水が上流から入ってくるか分かりませんので、その量に追従できるよう、「非常用洪水吐」というゲートを操作することで、入っている水の量と同量の水を下流へ放流するような「操作」が必要になります。だから「異常洪水時防災操作」と言うんですね。
満水を超えダムが貯水を続けてしまうと、ダム湖からあふれ出し、仮にどこかが切れて水が一気に流れ出すと大惨事が起こってしまいます(※)。
とはいえ、下流から見れば、「川の水位が最も高いタイミングで、いきなり放流量が増える」わけだから、ダムの操作のために浸水被害が増大した という見方も当然出るでしょう。
なんでダムの管理者は、一番水位の高い状態の時に、ダム湖が満水になるようなダム運用をしたんだ!もっと適切に運用しろ! って。
ダムの操作は「操作規則」というマニュアルに定められており、既往の洪水を参考に、それぞれのダムには「洪水時に流入する水量」が決められています(計画洪水量)。その水量を超えるとダム湖に水を貯留し、下流には貯留した分を減じた水量を放流します。この時点から洪水対策を始めるわけです。そして想定した洪水の規模(時間)であれば、十分に貯留できる容量を持つよう設計されています。
問題は想定を超えたときです。結果として現状では中小洪水では威力を発揮するダムの防災機能が、一番頑張ってほしい大・巨大洪水時にギブアップする可能性があることになっちゃいますから。
じゃあ、どうすればよいのか。
常識的に考えると、想定を超える洪水の時は、ダムに水を貯め始めるタイミングを遅くすればいいんですね。 つまり想定される洪水規模に応じ、柔軟にダム操作を変えるわけです。そうすれば、一番の非常時にダムに活躍してもらえます。そのためには、これから降る雨が「想定を超える洪水か否か」「どの時点でピークを迎えるか」をかなりの精度で予測できないといけません。
そんなことはダム管理者(河川管理者)もよくわかっていて、各ダムや河川ではかなりの予算を投じて降雨予測システムの更新、精度向上に努めています。どんな要素を入れたら予測精度が上がるか とか、AI的学習機能を入れたらいいんじゃないか とか。
が、これがまあ、うまく行ってません。
この予測の難しさには、2つの要素があります。
一つ目は、どれだけ雨が降るかという降雨予測です。ダムはその立地上、山岳地帯にあることが多く、考えてみれば、都市(平地)の予測をする気象庁の予測より困難な予測を強いられるわけです。気象庁はスーパーコンピュータで予測するんでしょうが、ダムの管理所には当然そんなものありません。さらに山岳地帯では、一つ山を越えたら、あるいは斜面の向きによっても降雨量が変わってきます。予測範囲を細かく分割することで、その精度は挙がるかもしれませんが、予算的、時間的になかなかそれも難しい。そおそも気象庁の予測だって、最近の予測を見ていると、まだまだ十分に精度が高いとは言えませんね。
二つ目に、ダム操作に本当に必要なデータは、「降雨予測」ではなく、ダム湖にどれだけの水が流れ込んでくるかという、「流入量予測」だということです。山や流域に降った雨は、そのまま川に流れ込むものもありますが、山の斜面に沁み込み、遅れを伴って流出してくるのです。ここのモデル化は、現状ではほぼブラックボックス状態で、よく分からないのです。
例えば、ずーっと晴れの日が続いたら、山はかなりの水を吸収してしまい、川にはあんまり水を出さないでしょう。出て来るにしてもかなりの時間がかかるでしょう。一方、雨などの影響で山の土壌がかなりの水分を含んでいたら、降った雨の多くはすぐさま流出してくるでしょう。
さらに、山には木が生えています。そして木の枝や倒木が地面に蓄積し、スポンジのようになっている場合、上記の機能はさらに増幅されます。(これが「緑のダム機能」と表現されるものです。)
問題は、この機能の定量化(ある前提条件の場合に、ある降雨があったら、Xという量の水が河川に流入するという関係)が非常に難しいということ。多分現在の科学技術水準では困難です。 むろん、よく似た洪水の時の降雨で、どれだけの水が河川に流れ込んだか というデータを参考に、関係式を造って使ってはいるのですが。
てなことで「予測システムの更新、精度向上を図ることで、ダム操作をより適切なものにする」という方向性は正しいし、それにむけ努力はするべきなんですけど、「予測した降雨」を元にさらに「流入予測」を行うという二重予測であること、さらに後者の予測は、たぶん前者より困難と考えられることから、「かなり無理ゲーじゃね?」 ってのが僕の印象です。
青字部分、後日(2019.10.15)追記。
それでもこの規模の洪水が頻発し、そのタイミングでダムにも活躍してもらわなければいけないとなると、もう少し根本から考え直さないと・・・
僕が思いますに「既往洪水を参考に、それぞれのダムには「洪水時に流入する水量」が想定され、その水量を超えると洪水対策を始める」 という部分を見直す必要があるんではないかと。
ダムは「洪水時に流入する水量」が設定されていますが、この数値を思い切ってあげてみたらいいんじゃないかと。
つまり、より大洪水に対応できるよう、洪水対策を始めるタイミングをいまより遅らせ、ダムの貯水量をできるだけ温存しておくのです。
「洪水時に流入する水量」って、大抵ダムが建設された(計画された)時点で決められるんですが、それ以降の下流の堤防整備状況や気象条件の変化(長時間豪雨が多発するようになった)を踏まえ、見直しすることはそれほどおかしくはないと思います。
半面、これは「中小洪水ではそんなに被害が発生しない(だろう)から、少し基準を緩めさせてね。もしかすると多少浸かるのかもしれないけど・・・でも大洪水の時はより安全になるんで」と言うことです。結果として空振り(もっと中小洪水でダムを活躍させられただろうに)が増えることになってしまいます。
ある流域に絞って考えると、今回の規模のような大規模洪水はそうそう発生するものではありません。一方、中小洪水は数年に一度は来ます。そのときに、「この規模であればダムは対応しません」 と言われると、そこにダムがあるのに・・・これまでは対応してくれていたのに・・・と実感として受け入れがたいところもあるでしょう。この提案を受け入れるためには「大災害を想定する想像力」が必要になります。
今回のような大規模災害に、より有効にダムを生かすためには、それしか方法がないのかな とも思いますけど。
7月13日 共同通信のニュース。 ダム操作について、徹底的に検証し、改善点があれば速やかに改善していくそうです。
安倍晋三首相は13日、西日本豪雨の際に愛媛県の肱川上流にある野村ダムの放水量を増やした操作について「国土交通省で徹底的に検証し、改善点があれば速やかに改善していく」と表明した。視察先の同県宇和島市で記者団に語った。肱川は氾濫し、流域の西予市で5人が犠牲になった。
首相は「ルールに沿って適切に対応したと報告を受けているが、さまざまな声があることも承知している」とも語った。
放流を巡り、石井啓一国交相は10日の記者会見で「洪水前から西予市に情報提供し、住民への周知も行っていた」として、適切に対応したとの認識を示していた。
※続編があります。 ダム操作どうすればよかった?
エクセルを使って計算してみました。けど、なかなかうまい回答は出てこないっすね・・・
※さらに続々編。操作規則が中小規模洪水向けに変更されてた?
操作規則が大規模洪水対応から、中小規模洪水に有効なように改定されていたらしいです。なんでそんなヤバい方向に舵が切られたんだろう?
(※)「満水を超えダムが貯水を続けてしまうと、ダム湖からあふれ出し、仮にどこかが切れて水が一気に流れ出すと大惨事が起こってしまいます」との説明に、いや、溢れさせる方法もある という河川工学者もいます。
河川工学者の今本博健・京都大学名誉教授(淀川水系流域委員会元委員長)
豪雨でダムが放流・決壊したら全国で大被害に。大阪京都で死者数十万人との予想も「多くのダムは200年に1回の洪水を想定して設計されていますが、それ以下の“想定内”の雨量でも、満杯になりそうな場合、緊急放流をするルールになっています。しかし、越水(ダム湖の水を溢れさせる)で対応をすれば、緊急放流をするとしても、放流量は現在の緊急放流よりゆるやかになります」
しかし今回、国交省は「越水でダム決壊の恐れがあったため緊急放流した」と説明している。
「そんな危険なダムは現時点で撤去すべきです。想定外の豪雨では、緊急放流しても越水に至る場合はありますから。その一方、越水に耐えうるダムは緊急放流しないというルールに変えることで、今回のような被害を避けられます」
盲点(そこまで深く考えていなかった)けど、この考え方も一理あるかもしれないな。重力式ダムであれば、かなりの安全度を見込んで建築されているわけだから、越水させるのもありなのかも・・・
流域環境防災研究所の記事を見つけ読みました。私は愛媛県西予市野村町の野村ダムの緊急放流で夫が犠牲になりました。家は家ごと川に流れてしまいました。昨年以降野村ダムの放流の仕方について調べております。緊急放流になった原因として大規模洪水から中小規模洪水に操作に変更されたことが原因であることは分かりましたが、この変更も住民には知らされず行政の一部で進めたものでした。しかし野村町が承認しているので国はちゃんと説明して進めたと言います。他の問題として肱川の河川計画が無くこの年十年もの間、河道掘削が全くされてなかったことです。その為川の流れがとても悪くなって昨年の結果に繋がりました。そして事前放流を電話一本でとりつけたという川西所長ですが、せっかく了解をもらった容量を300トンの一定量放流であっという間に使いました。平成8年の操作規則は350万トンの容量に300トン放流です。昨年7/7は容量が600万トンに増えました。前提条件が変わっています。しかし、川西所長も四国河川整備局もいくら容量が増えてもその増えた容量に対する操作規則は無いため、350万トンの容量でするものと言いました。じゃ、事前放流するにあたり利水者から確保した250万トンはどういうことだったかと聞くと、四国整備局の渡辺河川管理課長は「ただ確保しただけ、有効活用しなくてよい、洪水調節容量ではない、600万トンの容量に対する操作規則は無い」と言い切りました。これらのこと、どう思われますか。
入江さん、コメントありがとうございます。
緊急放流で犠牲が出てしまったとのこと、お察しいたします。私は流域外に住み、特に何の責任も持たない匿名ブロガーなので、きちんとしたお返事はできませんが・・・
1.操作規則の変更について
べき論で言えば、「住民に説明されるべきだった」かもしれません。他方現実論としては、国(ダム管理者)と町(住民代表・水防管理者)という立場の違う両者が協議し承認しているのであれば、問題はないという見方もあり得るだろう とも思います。大事なのは両者がどのような協議をし、変更されたのか という過程ではないでしょうか。
2.河道掘削が全くされていなかった
河道掘削とダム建設、両方進められればベストだったのだけど、それが国あるいは県の予算として無理だった という可能性もあるかもしれません。そうだった場合は、どのように予算を配分すべきだったのかを検証し、今後に生かすべきだと思います。
3.事前放流のやり方について
操作規則を杓子定規に運用せず、事前放流で空いた容量も使いダムを最適運用すべきだったのではないかというご意見かと思います。私の意見としては「その通り」だと思いつつも、現在の流入量予測システムの精度(現代科学の限界?)で「適宜(最適)運用」を行うのは無理ではないか、それでも行うのであれば、何らかのバックアップ制度がなければ、現場は動けないのでは。 です。これについては、「ダムって台風前に空にできないの?」という記事で関連して書いていますので、よろしければご覧ください。
モト様、
お返事をいただき誠にありがとうございます。今日見ました。お返事遅くなりました。
野村ダムの操作規則が中小規模に変更されたときの新聞記事があります。平成7年の洪水で野村ダムの下流の大洲市というところが氾濫しました。その大洲市を守るために野村ダムは大規模洪水から中小規模洪水の操作規則に変更されました。大洲市を守るための変更だったわけです。そして大規模の雨が降った時は問題が残ると書かれています。この問題を22年間も対策を考えてなかったのでは、と強く感じています。
私たちはそこから調べていこうと思っていますので時々質問させてください。
私は、平成30年西日本豪雨から、肱川の問題について、京都大学の今本教授、国土研の先生たちと一緒に野村ダムの放流を検証していますので、また教えてください、よろしくお願いします。
入江さま
情報ありがとうございます。
新聞記事の内容が正しいのであれば、ご指摘のとおり「野村ダムの洪水時運用が適切であったか否か」と言うより、「大規模降雨に肱川流域としてどう備えて来たか、」を検証することが大事そうですね。